第二十七話 じょーほーぶんせき
「姫様に、ご報告したき儀がございます!」
王都トルテに常駐し、王都防衛の任にあたっている近衛騎士団。
そこの団長アルゴスが、朝っぱらから、王宮へと駆け付け、鼻息荒く俺に報告をしてきた。
しかし、声がでかいな。
そんなに大きく声を張り上げなくても聞こえていますって。
そうアドバイスしたくなる。
「そんなに慌ててどうしたの、アルゴス?」
書き途中の魔王への手紙を引き出しに仕舞いこみ、アルゴスに向き直る。
なお、この手紙の存在を第三者に知られでもしたら、大事になること間違いなしである。
そういった意味で、これは大きな爆弾にもなりうる代物だ。
手紙の書き途中だったので、第三者に執筆の邪魔をして欲しくないなー、などと思ってしまうが、臣下の報告を聞くのも、これまた王族の勤めである。
にこやかな微笑みを顔面にすぐさま貼り付ける。
「はっ! 早朝、前線より、早馬の伝令が参りましたので、そのご報告に参りました!」
アルゴス団長はにこやかな笑みを浮かべている。
どうやら、相当嬉しい報告がきたみたいだ。
「……ごほん。では、アルゴス。報告をお願い致します」
居ずまいを正し、報告を聞く態度をとる。
「はっ! ……この度の報告によりますと、我がシュガークリー王国軍の一部部隊が、邪悪なる敵魔王軍と接敵。しかる後、我が軍へと神が与えたもうた聖なる使命を果たさんと、我が軍の末端の兵士一人一人が、必勝の信念をもち、……(途中省略)……の果敢なる戦闘の末に、圧倒的な戦果をおさめたとの報告がございました。……お喜びください、姫様。我が軍の大勝利ですぞ!」
話が長い。
それに、無駄な修飾語が多い。
とりあえず、話し半分にしか聞いていなかったが、どうやら、うちの騎士団が魔王軍相手に快勝したということらしい。
まぁ、その話が事実であるというならば、それについては、シュガークリー王家に連なる者としては言祝ぐことは吝かではない。
しかし、ついこの間まで、我が軍が苦戦しているとか、もっと補給を、とか、そんなことを色々と報告されていたような気がしたが。あれはいったい全体、気のせいだったのだろうか。
「その報告はたしかに大変素晴らしいものですが、その早馬は、陛下からの確かな連絡なのですか?」
一応、情報の出所を確認しておく。
仮にこれが、国王の情勢判断であれば、私が横から口を挟むような問題ではない。
「あ、いえ、担当の連絡将校からの早馬でしたので。陛下にも同様の連絡が届いておるものかと」
アルゴス団長の声がちょっと小さくなった。
……ふむ。
そうすると、騎士団の前線部隊からの戦勝報告か。
勇ましい報告だけど、本当に戦果をちゃんと確認とったのかな?
矢を射かけたり、騎馬突撃で、相手の陣形が変わっただけです。とかもありうる。
陣形が変わったのを早とちりで、敵軍が撤退した、と見誤るなんていうこともありうるのが戦場の情報だ。
「具体的に、どのような方法にて、我が軍の大勝利を確信したのかしら?」
「はっ。……それが。……その。……濃霧もあり、確実に屠った敵の数はわからぬ、ということでしたが、多くの敵兵が、我が軍の圧力に負けて、後退していくのを見た、という報告でございました」
うーん。損害算定の方法があやふやだなぁ。
なんとなくだが、疑ってかかる必要がありそうだ。
「どれ程の戦果であったのかを、至急、確認した方が良いかもしれないわ」
一応、忠告をしておいてやる。
「姫様。それはいらぬ心配と申すもの! 我が騎士団といたしましては、この機に乗じ、全戦力を一気に投入、しかる後、悪逆非道なる魔王軍へと正義の鉄槌をくらわし、疾風迅雷のごとく、壊滅してご覧にいれます。これぞ神の導きによる好機でございますゆえ! では、失礼致します!」
アルゴスは先程までの小さな声から一転、一気に大声で宣言するや、どたどた、と部屋から出ていってしまった。
立ち直りが早いのは、軍人としては好ましい特質かもしれないが、冷静に判断すべき軍の指揮官としてはどうかと思う。
うーん、しかし、今回のこの報告が、実は誤報でした、とかなると、せっかく今まで、せっせ、せっせと構築していた、対魔王軍の防衛体制が、極端に歪んでしまう。
そして、その歪みが大きければ大きいほど、元に戻すのがなかなかに面倒くさい。
それに、場合によると、魔王が今現在の、のんびりとした気分を変えて、一気に、シュガークリー王国を潰しちゃおう、とか考えを変えてしまうかもしれない。
「……カミーナ。あなたはどう考える?」
私の隣で侍っていた侍従のカミーナに問いかける。
カミーナは、少し思案をした後に口を開いた。
「私も、軍の運用については素人ですので、確実なことは言えませんが、戦果の確認については、疑ってかかるべきかと。特に、こたびの情報を持って、一気呵成に戦略を変えることは、リスクが高すぎると存じます」
「……そうよね」
私は、膝の上に、とことことやってきた、黒猫のベリアルの柔らかな毛並みをさわさわと撫でてやる。
うーん、このもふもふの毛並みが気持ちいい。
しかし、本当のところは、どうなのかなー?
そんなことを考えて、頭を悩ませている私に、天啓が舞い降りた。
「あ、そうか!」
つい、口に出してしまった。
「……? どうかいたしましたか、姫様?」
カミーナが、不思議そうな瞳を私の方へと向けてきた。
むむ。これでは、単なる変な人だ。
「あ、いえ。なんでもないのよ」
とりあえず、澄ました顔を作る。
しかし、内心では、自分のこの考えに、最大限の自画自賛を送りたい心境になっている。
そうなのである。わからなければ、聞けばいいのだ、当事者に。
……そう。魔王軍総司令官殿に。
◆◇◆◇◆
……というわけで、俺は魔王様のシュガークリー王国内での居城である、魔王の常宿『白鷺亭』へと向かった。
魔王は最近、私がこの前、買ってやったカードゲームにはまっている。
シュガークリー王国内では、割と著名なカードゲームで、その中でも特に有名なルールを教えてやった。
当然のことながら、カードを使った賭け事用のゲームである。
ちなみにこのゲームの正式名称は、『ラービックキュー』という。
イメージ的には、トランプのカードを使った麻雀に似たようなゲームなのだが、実は、エロゲー『鬼畜凌辱姫』内でのミニゲームと同じもので、俺はかなりやりこんでいた。
ふふふ。こう見えて、結構、このゲームには強いのである。
ちなみに練習相手には侍従のカミーナだったり、教官のポストフだったり、はたまた、悪魔のベリアル相手に練習をしている。
それぞれ、性格がかなり異なり、ポストフは素直すぎる手札で『鴨葱』認定されている。
カミーナはポーカーフェイスで、予測を裏切る手を得意とし、ベリアルは子供のような外見とは裏腹に合理的で理論的な判断を好む。
今のところの勝率は、カミーナやベリアル相手で五分五分、ポストフ相手では八割の勝率で勝てている。
やはり、彼らに比べて、ゲームに慣れている私の方に、まだ少しのアドバンテージがある感じだ。
……まぁ、彼らが異能の力(手札を透視したり、手や目の動きから、札を予測する等)を使ったならば、確実に負けることになるが、こういったゲームでは、そういった能力を使わないことがマナーである、と教え込んである。
ゲームはお互いが楽しく遊ぶべきですからね。
一方、魔王は、こういったゲームを嗜むのは、初めてらしく、まだまだ作戦が読みやすく、鴨葱のカテゴリーだ。
そういうわけで、最近は、白鷺亭につくやいなや、魔王からゲームへと誘われることが多いのである。今日はどうなるかはわからないが。
「マオール様。お早うございます」
「お。アインスか。今日は俺が呼んでもいないのに、俺へと機嫌を伺いに来るとは。お前もやっと、礼儀を弁えるようになってきたな」
白鷺亭の部屋では、机の上にカードを広げて、何やら、吟味をしている魔王がいた。
戦略を考えていたみたいだ。
「あー、まぁ、そういうことにしておいてもらっても良いのですが、本日はちょっと……」
「ん。何かあったのか?」
ここで、一旦言葉を切り、どう切り出したら良いものかと考えてみたが、やはり、素直に聞くことにした。
「マオール様。ちょっとお聞きしたいことがあるのですが」
「うん? なんだ?」
また、一心不乱にカードを弄くってる魔王。
「マオール様は、ご実家の方へと至急帰る用事とかはないのですか?」
「一体なんだ、藪から棒に。……まぁ、教えてやらんでもないが、条件があるな」
条件?
魔王からの提案にちょっぴりびびりつつ、恐る恐る聞いてみる。
「じょ、条件とは、いったい、どのようなものでしょうか?」
「……うむ。いつもはお前とのゲームは、単に遊ぶだけであったが今日は趣向変えて賭けゲームをしようと思う」
「賭けゲーム、でございますか?」
魔王と賭けって、いったい何を対価に要求されるのか。
悪魔との取引を基準に考えれば魂あたりが妥当か……。
こ、怖い……。
「アインスよ。お前が勝ったら先程の質問に答えてやろう。だが、俺が勝ったら……」
「……勝ったら?」
ごくり。
つばをのみこむ。
しばらく魔王は無言で、たっぷりとためを作ったあと、威厳を持って宣言した。
「脱いでもらう」
「脱衣ゲームかよ!」
つい、素で突っ込んでしまった。
「む。なんだ。アインスには異論があるのか? 嫌ならば、別にいいんだぞ? 俺はな」
魔王が、ふふん、と胸をそらして偉そうに言っている。
「ま、俺に負けるのが怖いのだとは思うが。アインスは臆病だからな」
むか。
鴨葱カテゴリーの魔王にそこまで言われると、さすがに、頭にくる。
「……良いでしょう、マオール様。その勝負、受けてたちます」
私は静かに闘志を燃やした。
「ふふふ。アインスよ。貴様の全力を、俺に見せてみろ!」
妙に格好いいポーズとセリフを合図に、私たちはゲーム、脱衣ゲームを開始する。
……。
……結果、私の快勝でした。
下着すら見せずに終わってしまった。
魔王、弱すぎ。
もうちょっと修行せいや。
「くっ、な、なぜ、あの手札で。……だが、まぁ、よい。俺も男だ。質問にはちゃんと答えてやろう」
「男、女に関係なく、約束通り答えてくださいよ」
「……ごほん。さて、先程の質問だがな、俺は特段、実家に帰る予定などないぞ」
「急にご実家の方が大変になった、とかはないんですか?」
「だから、別にない。まぁ、たまーに、じいから、帰ってこいとは言われるがな。それも、いつものことだし」
……そうか。
やはり、そうすると先程の戦勝報告の話は誤報くさいな。
「……ありがとうございました!」
「なんだ、もう帰るのか。また、俺のところへと、御用聞きにくるのだぞ」
私は魔王の部屋を後にして、至急、城へと戻ると、父であるメルクマ国王へと早馬をとばした。
後日、やはり、先の報告は誤報だということが判明し、私の的確な情勢判断に対し、父や騎士団などから感嘆の声が上がった。
『……さすが、わが娘。その的確な情勢判断につき、父も鼻が高いぞ』
そんなことが、父からの手紙に書いてあった。
「……まぁ、ウサギの耳は弱いものにとっては最強の武器なのよね」
「? なんのことです、ソニヤ様?」
手紙を読みながら独白する私に、背後から、カミーナが不思議そうな声をかけてきた。
「いえ、単なる独り言よ」
私は首を静かに振り、にこりとカミーナへと微笑んだ。




