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第二十四話 ぜくすからのおさそい

「長い雨ですね」


「そうですね」


俺は、隣に立っているオッドアイの銀髪優男の声かけに無難に答える。


長雨が降るこの季節。


今日は、父であるメルクマ国王が、魔王軍との防衛戦の陣頭指揮を取るために、またもや国境付近の、最前線基地へと戻る日だ。

結局、一ヶ月程度しか王都には滞在しなかったな。


私たち王都の関係者は、皆、城壁沿いに勢揃いして国王一行を見送る。

軍楽隊の勇壮な音楽が奏でられ、ぴかぴかの鎧に身を固めた兵士たちは勇ましく見えるが、この長雨のせいなのか、少しだけ灰色に色づき、軍楽隊のメロディーも物悲しそうに響いてくる。


「来賓の方々と、将軍たちの挨拶が終わりましたら、いよいよ、ソニヤ様の出番ですね」


「……わかっておりますよ。ゼクサイス様」


隣に立っている商工組合(ギルド)の顔役の優男、ゼクスことゼクサイスと、小声で会話をする。

国王を見送る来賓として、王都の顔役が何十名も参加してくれているのだが、その中に、商工組合のゼクスも混じっていた。

事前にもらっていた来賓リストには名前がなかったので、ちょっと驚いた。


そして、式典の途中、こちらが相手に気づくよりも早く、いつの間にか、まるで当然とばかりに、私の隣にゼクスが立っており、こうして小声で話しかけてきたのだ。


「ところで事前にいただいた来賓リストには、ゼクサイス様のお名前がなかったように思えたのですが」


「はい。今回、急遽、来賓の中に僕の名前を入れてもらいました。警備の関係から、何ヵ月も前に来賓リストは確定していたみたいですが」


なんでもないことのように微笑むゼクス。

というよりも、なぜ、そう当たり前のように、こういった重要な式典に、あなたの名前をねじ込むことができるのか、と聞きたくなってくる。

まぁ、政治力がものをいっているとは思うのだが。


そうこうするうちにも、式典はつつがなく進み、王都の来賓たちからの激励の言葉も次々に発せられ、出立する騎士団の将軍たちからも、勇ましい誓いの言葉が次々に宣誓される。


「ふふ。皆さん、中々に勇ましいですね」


まるで他人事のように言うゼクス。

そういえば、ゼクスって魔王の前でも堂々としていたけど、実は強いのかな?

見た感じはあまり戦闘が得意そうにも見えないんだけど。

まぁ、それを言ったら魔王も、全然、戦いに向いているとは思えない容貌か。


「そういえば、ゼクサイス様は、軍務を経験なされたことはございますか?」


「おや。ソニヤ姫は僕のことに興味を持っておいでかな?」


「あー、えーと、不思議な魅力を持った方だな、と……」


うん。嘘は言っていない。


「ふふ。そうですね。その質問には、また今度、お答えいたしますね」


そうやって、はぐらかされた。


しばらく式典が進むと、そろそろ私の番になってきた。今回の式典のメインイベントだ。

メルクマ国王が、所定の位置まで歩いてきて、立ち止まった。私も、しずしずと進み出て跪く。

なんというか、泥の上で跪くのは、服が汚れるからとても嫌なのだが、これも仕事なのである。


「我らはこれより、前線にて、人類の盾として、悪逆なる魔王軍との死闘を繰り広げてまいる。我らのおらぬ隙を、奴等に突かれぬよう、後方の防備は任せたぞ!」


「はっ! 国王陛下! 我ら一同、身命を睹しまして、そのご下命、慎んでお受けいたします! 後方の安寧を気にすることなく、神より与えられた陛下の聖なる使命を全うせんがことを!」


用意してあった台本のとおり、朗々と返答をする。

よし。ちゃんと暗記したとおりに言えた!


「委細承知! 我らに神のご加護があらんことを! いざ。全軍行進!」


国王の号令のもと、徒歩の兵士たちを先頭に軍がぞろぞろと動き出す。

騎士団はよく訓練されており、隊列が乱れることもなく、泥の中を歩いていく。

メルクマも、従者が牽いてきた馬の上へとひらりと飛び乗った。


「いってらっしゃいませ、お父様。お気をつけて」


「そなたもな、ソニヤよ。息災でな」


「お父様に神のご加護がありますように」


「うむ。……ゼクサイス殿。娘を頼みますぞ」


「お任せください、国王陛下」


メルクマは一つ頷くと、馬首を返し、軍とともに走り去っていった。


頃合いを見て、私は周囲に号令をかける。


「一同、国王陛下に、礼!」


私の声に合わせ、一同が深々と頭をたれる。

薄暗い寒空の下、国王たちの軍勢が旅立っていった。

まるで、その先の困難を予兆するかのように。


……あー、ここしばらくは、父がいてくれたおかげで少なくなっていた国王代行としての私の公務が、今後はまた増えるかもしれないなー。

でも、まぁ、仕方がない。

それが、この世界での私の仕事だ。


頭を垂れながら、ちょっとだけ心の中がブルーになる。


しばらくした後、騎士団が遠くまで移動したことを見計らい、私は解散の指示を出す。

そして、少しばかり息をついたときにゼクスから声をかけられた。


「……ところでソニヤ様は、今日のこれからはお暇ですか?」


ん。新手のナンパですか?

残念ながら間に合っているんですけど。

ジロッと、ゼクスの顔を見つめる。


「もし、お暇ならば、少しの間だけ、お連れしたい場所があるのですが、いかがですか?」


ふむ。

どうだろう。

今日はこれからの予定は特になかったはずだけど。


「まぁ、この後は特に用事はないので、空いているといえば空いてはいるのですが」


ゼクスの魂胆がまったく読めないので、慎重に回答をする。

魔王のように裏がまったくなく、何も考えていないのもあれだが、こいつみたいに、何を考えているのかが、何も読めないというのも困る。


「ふふ。そんなに警戒をしなくても大丈夫ですよ、ソニヤ様。今回は単なるディナーパーティーへのお誘いですよ。ただし……」


「……ただし?」


「まぁ、所謂、仮面舞踏会ですね。条件は男女のペアで参加すること。たった、これだけです」


「ふむ。仮面舞踏会ですか」


あぁ、仮面を被って踊るパーティー、要はダンスパーティーですね。

私も、パプテス王国のシロット王子とのダンスのときはずぶの素人でしたが、今や、それなりに稽古をつけてもらい、ダンスもみっちりと専門の先生の下、練習に励みましたので、それなりには踊れるようにはなっておりますよ。


ふふ。

よろしいでしょう。

私の日頃の稽古の成果を見せてあげましょうか!


「まぁ、そういうことでしたら、パーティーに参加することは吝かではないのですが、参加者としては他にどういった方々が参加されるのでしょうか?」


一応、パーティーに参加をする人間たちの素性を聞いておく。

まぁ、ゼクスからのお誘いだから、滅多なことはないとは思うのだが、念には念を入れて、だ。


「そうですね。僕主催の秘密のパーティーといったところでしょうか。表向きはギルド主催のパーティーとして、開催をしておりますが、僕個人の知り合いの方々にも、多く来ていただいています。それこそ、サプライズな方々にも」


一応、どんな連中が来るのかと細かく聞いてみたが、色々な方たちですよ、とはぐらかされた。


まぁ、私としても様々な人間に出会って情報収集をすることは、悪い話ではない。


交遊関係の広さは、そのまま、情報収集の広さにも繋がるので、私のような非力な人間にとって、このリスキーな世界で生き残るためには、ある意味、必須のスキルともいえる。


「最後の質問なんですが、別にその……。あの……、いやらしい会合とかではないですよね? 魔女宴(サバト)的な?」


男女ペアの密会というと、自分のエロゲー脳を通じて意訳すると、どうしても乱○パーティーを連想してしまうので、一応の確認をする。


大丈夫だよね?


「ふふ。そういったものではありませんよ。ただ、若い方々が結構参加されますので、一部、羽目を外されてしまう困ったお客人は、毎回おりますが」


ふふっ、とゼクスが例の感情が読めない笑い声をあげる。

その話を聞いて、少しだけ身震いをしてしまうが、ゼクスの秘密の会合という怪しげなキーワードに対する好奇心についつい負けてしまった。


「では、本日のエスコート、よろしくお願いいたしますね」


「はい。姫様」


ゼクスは大仰に、恭しくお辞儀をした。


◆◇◆◇◆


「んあ。仮面舞踏会だー?」


茶髪風の兄ちゃんが眉間にシワを寄せて唸る。


「はい。ベヒモス様。『自治領』の協力者から、招待状が届いております。なんでも、自治領の若い有力者が、多数参加するので、情報収集をするのに、適当な会合であるとのことです」


「ふーん。なるほどなー。ま、暇潰しにはなるか。あ、でも、俺様の興味を引くものなんてそんなにはないと思うんだがな」


「では、いかがいたします? ベヒモス様が参加なさらないのであれば、他の方にもお伺いいたしますが」


「やっぱ、大勢で行くのはまずいっしょ?」


「はい。一応、お忍び、ということでよろしくお願いいたします」


「そっかー。ま、ザッハークのじいさんは、こんな、会合のために『人化(ヒューマナイズド)』の魔法は使わんだろうし、ベルゼブブだと参加する男たち全員虜にしちまうし。ヘイシルの阿呆は問題外だし……。ま、俺様が行くのが無難か」


「元老院の人型形態の者たちへと参加の斡旋をすることも可能ではありますが」


「いんや。どこからか、魔王様が不在だということが、仮に、そいつらの耳にでも入ってみろ。大騒ぎになっちまう」


「では……」


「ま、俺様がでばって、話を聞いてきた方が、誰もがハッピーってことよ」


「承知いたしました。では、『方舟』を用意させます」


「いや。いらね。自分の足で行くわ。その方がはえー」


そういって、ニヤリとベヒモスは嗤った。


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