第百六話 ていりつまどうぎじゅつしょう
続いて連れていかれたのは、大通りに面した、どこぞの貴族のお屋敷かと思われる、周囲に溶け込んでいる立派な建物だ。
他と比べて、やや古びた印象を受ける。
「こちらは?」
「ここは、元々は俺の母方の実家があったところでな。今は美術館になっている」
「へー。邸宅を美術館にされているんですね」
二人でしばらく、邸宅の中の美術品を眺める。油絵や水彩画みたいな絵画や、宝石を散りばめた置物、武具なんかも飾られていて、なかなかに飽きない。それに、歴史的な順序で飾られているらしく、魔法帝国での美術の変遷みたいなものも見てとれて興味深い。
ふと、隣で歩いていた魔王様が呟いた。
「……俺の身内は、もうほとんどいない。異母妹のエミーくらいだな。未だに在命なのは」
「……そうなんですね」
「ま、俺たちもそれなりに長生きだがな。それでも不死というわけではない」
「魔王様が亡くなるなんて、考えたこともありません」
……ふとよぎる、私がナイフを握り締め、壊れたように笑い続ける光景。
「ま、そう簡単には、俺も死ぬつもりはないがな」
「……」
そう言って、くっくっく、と魔王様は笑った。
私はなんと答えたらいいのか、戸惑った顔を浮かべてしまった。
◆◇◆◇◆
「よし、ついたぞ」
「な、なかなかの乗り心地でしたね」
「うん? そうか?」
私たちは、美術館からの道を、折角だから、という理由だけで、竜車という二足歩行の小さな竜が運ぶ籠に乗ってみた。
だが、その乗り心地の凄まじいこと。
ドラゴンが二足歩行でどかどかと歩くため、籠の揺れも激しく、また、前方の障害物を避けるために、たまにドラゴンが浮遊するために羽ばたくので、その飛翔時と、着地時の衝撃がすさまじいことといったら。
一応、衝撃吸収の仕組みが、籠に組み込まれているらしいのだけど、それでも完全には衝撃を殺しきれずに、なかなかに過激なジェットコースターに乗っている気分になってしまった。
「……う」
とりあえず、ふらつく頭を抱えながら、すこしばかり、地面に腰を下ろし、へたりこむ。
「まあ、こいつは、ソニヤにはすこしばかり刺激が強かったか」
「私だけではなく、普通の感覚を持っている人にはきついと思いますよ」
まあ、友人のナレンとか、侍女のカミーナたちなんかは、割と平気そうな顔をして乗っていそうだけど。
残念ながら、私はまともな部類なのである。
「そうなのか。さて、ここが今回の目的地なんだが」
「……ここでございますか?」
帝都の外れまで連れてこられ、この辺りは低層の建物が多いな、と思っていたところ、急にメタリックな城壁にとり囲まれた城?が現れたので、ややビックリしてしまった。
しかし、この建物を城と表現することには、やや抵抗がないではない。
見た感じ、角のように、曲がりくねった形状であり、建物としてより正確に表現するならば『塔』であろうか。
「ここは、『帝立魔導技術廠』というところでな、今回用事があるのは、ほらそこだ」
「ん。あそこですか?」
立派な塔の近くに、小ぢんまりとした二階建ての建物があり、その近くには畑?が広がっていた。
ただ、そこに植わっている植物は、ギザギザの牙を持っていたりして、近寄りがたい印象を受ける。
「魔王殿にソニヤ殿。ようこそ、おいでくださったのである」
そう言って建物の扉が開き、怪物、ダブルスーツに白衣をまとったモヒカン頭の骸骨が姿を見せた。
夕方だというのに、ホラー感満載なその人物は、リッチーのヘイシルさんだった。
「ということはここが目的地?」
「そうだ。ここは、ヘイシルが普段使っている別邸でな。城の近くにも、ちゃんとした邸宅があるのに、そっちには寄り付きもしないからな、こいつは」
「吾輩としては、研究室が近いこちらの方が何かと便利なのである」
「どうせ、『転移門』を使えば一瞬なんだから、あまり関係ないのではないか?」
「気分の問題であるのは否定しないのであるが」
そういって、ヘイシルが眼窩に暗い炎を灯した瞳をこちらに向けてきた。
こっち向かないでください。怖いので。
「あー、ところで魔王様? 事前に呼んだのはヘイシルさんだけなのですか?」
なかなか本題に入らないので、とりあえず催促をしてみた。
「あらためて、こちらでははじめましてなのである、ソニヤ議員殿。あ、いや、アインス殿。吾輩、帝国にて魔法監を勤めさせているヘイシル。今後ともよろしくなのである」
「こちらでもよろしくお願いしますね、ヘイシルさん。私のことはなんと呼んでくださっても構いませんよ」
「そうであるか。もう偽名は使わないのであるな。……さて、先程の質問であるが、もう会場では、ベルゼブブ殿とベヒモス殿はすでに酒盛りを始めてしまっているのである。それと、ザッハーク殿も、間に合うならば顔を出すとおっしゃっておりましたな」
「お。そうか。よし、じゃあ、俺たちも行くぞ」
「あ、はい」
そして、私たち、いそいそと塔の方に向かった。
そして、なんの変哲もない壁に、ぽっかりと真っ暗な入り口が急に現れた。
魔王様やヘイシルはなれたもので、どんどんと中に進んでいくが、私はおっかなびっくりだ。
そしてしばらく歩いていくと、外からの様子とはまったく異なり、塔の中は湖をたたえた平原だった。
「ちょっ……えっ?」
目が点になってしまう。
湖のほとりには大きな建物がいくつも点在しており、さながら大学の構内のような趣がある。
「ここの空間は、次元を圧縮しているのである。したがって別の場所に転位をしているなどという低級なことはしていないのであるから、そこは誤解なきように。なお、この次元圧縮魔法技術は、吾輩が研究したヒルベル空間の……」
横からヘイシルが何かを早口でまくし立てているが、とりあえず聞き流そう。よくわからないし。
「お。あそこにいるな。おーい、お前たち」
私たちは、湖の近くの植物、パッと見てピンクの花びらが満開な桜に似ている、の下で、のんびりと酒を飲んでいる美男美女の方へと歩いていった。
「どうもでありんす、魔王さん。それに、ソニヤさんでありんすな。甥っ子がお世話になって、ほんに感謝でありんすな」
「おう。やっと来たか。おせーよ」
周囲に徳利がいくつも散らかっている中で、バニーガール姿の美女が、キセルで煙草を優雅に吸いながら、プカリと輪っか型の煙を空中へと浮かべ微笑んだ。
その隣では、茶髪のにーちゃん風の男が猛禽類を思わせる笑みをこちらに浮かべてきた。
というわけで更新です。
しかし、話が全然進まないわけです。




