第九十九話 りーととのかいしょく
「それでは、吾輩は外で待っておるゆえ、終わったならば、呼んでくだされ」
「ありがとうございます、ヘイシルさん」
そういって、ヘイシルは外に出ていってしまった。
その場には、私とリートの二人だけがとり残された。
「……お初にお目にかかります。リート様」
私はエルフの女性と思わしきリートに挨拶をした。
「アインス様でよろしかったですよね? それともソニヤ様とお呼びした方がよろしいですか?」
裏表を感じさせない声音でリートが微笑みながら問いかけてきた。
圧倒的な強者のオーラが滲み出ており、相対しているだけでも、つい視線を逸らしそうになる。
「あ。えーと、それではソニヤとお呼びください」
そこまでばれているのであれば、もはや隠す必要もないだろう。
「では、ソニヤ様。まずは、お食事でもいかがですか?」
そう言って微笑むと同時、タキシードを着こんだ大柄な牛の顔をした大男?がワゴンで料理を運んできた。
そして、十名近くのゴブリンが、てきぱきと料理を並べ始めた。
料理の見た目も鮮やかで、非常に豪奢だ。
しかし二人で食べるには量が多すぎる。
「……こんなことを申し上げるのは、誠に恐縮ですが、夕御飯はすでに食べてしまいまして」
夕飯はお風呂前に食べたばかりなので、あまりお腹が空いていなかった。
「あら、そうでしたか。でしたら、甘いものや、果物でもごちそうになって」
そういって、リートが、一つ手を叩くと、全ての料理が下げられ、クッキーや、ケーキなどの菓子、色とりどりの新鮮な果実。それに、瓶詰めされた様々な果実酒が並べられた。
果物は、全て丁寧にカットされ、果実酒は、氷水がはられた桶に入れられ、きっちりと冷やされている。
いったい、どれだけの財力があるんだろう。
「では、ちょうだいいたします」
「ふふ。召し上がって」
どれも、非常においしい。
「……」
「……」
しばらくお互いに無言で食事を続ける。
カチャカチャと、フォークやスプーンが、陶器の皿にあたる音だけが、この無音の空間に鳴り響く。
でもだんだんと、この沈黙が負担になってくる。
私は沈黙に耐えきれなくなって、口火を切った。
「……リート様。この度は会食にお招きいただきまして、ありがとうございます」
「……」
黙って微笑むリート。
「……失礼ながら、私たちは初対面だと思うのですが、いったいどのようなご用件で、私を招いたのかをお教えいただけますでしょうか?」
私は、単刀直入に聞いてみた。
回りくどいことは苦手だ。
「……」
リートは落ち着いた様子で、グラスに入った葡萄酒で口を潤わせ、艶かしい唇をナプキンで拭いた後、しばらく沈黙をする。
私がしびれをきらせ、口を開きかけたとき、唐突にリートが呟いた。
「……取引がしたいのです」
「取引?」
「はい。もしこの取引を飲んでいただければ、ソニヤ様に、今、あなた方が『西方』と読んでいる人間族自治領全域における全権、人間族の長の位を保証いたします。当然、私たちは関与せず、人間族だけでの統治も維持させます」
……噛み砕いていえば、私を今の西方全域の支配者にする、と言っているに等しい提案だった。
私は、しばらくリートの提案を吟味しながら慎重に聞いてみる。
「そ、それがあなたに可能だとして、いったい私に何を代償にせよ、と言うのですか?」
その問いに、しばらく私の目を見つめてリートは沈黙する。
そして、静かだが、確固たる口調で告げた。
「はい。私が求めることは、ただ一つ。魔王様を諦めてください」
そういって、にっこりと笑う。
私は、動悸が激しくなるのを自覚した。
「……諦めるも何も、別に魔王様と私とは接点はありませんよ?」
一応、しらばっくれる。
せめてもの抵抗に口の端を持ち上げて、頑張って笑顔の形になるようにしてみる。
だけど、やっぱりひきつったような顔にしかならない。
「あなた方が、マオール様とよんでいる殿方。あの方こそが魔王様であることは、あなたにはもうわかっているのではありませんか?」
「……」
「それを踏まえてお伺いします。……マオール様。いえ、魔王様を諦めていただけませんか?」
別に私は、魔王様なんて狙っていませんよ。
そう、心の中で弁明したものの、口から出た言葉は別のものだった。
「嫌だといったら?」
「……その場合には、残念ですが、あなたを私の『敵』と認識するしかなくなります。本日はあなたには手を出さない約束で、ヘイシル殿に連れてきていただいたので、その身の安全は保証いたしますが、明日以降は保証いたしかねます」
そういって、リートは妖艶に微笑んだ。
なんで、私が、貴女の敵になるのっ!
そう、叫びたい衝動にかられる。
「……考えさせてください」
「そんなに時間は与えませんよ? よくよく考えて結論を出してくださいね」
私は、立ち上がり一礼をすると部屋から出た。
外では、ヘイシルが待っていてくれた。
「では、お送りするのである」
私はヘイシルに伴われて、壁に魔法的に作られた『扉』をくぐり、王都トルテの自室へとたどり着いた。
「……」
頭の中では、リートのセリフが堂々巡りしていた。
「……あー、貴女は聡明な方であるが、もう少し自分の心に正直に生きてもよいと思うのである。吾輩これでも、長生きはしており、人間界の世俗にも割と通じているのであるが、それを踏まえての忠告なのである」
「……」
私はじっと、ヘイシルを見つめた。
「……では、ごめん」
そういってヘイシルは扉の向こうへと消えていった。
私は、扉が跡形もなく消えた壁を、じっと見続けた。
……私はいったいどうしたいんだろう。
いつまで考えても、答えがでない問いが、頭の中をぐるぐると堂々巡りしていた。
というわけでさくさくと更新です。
次回更新も来週の予定です。




