第十話 いんがおーほー
「ほら。本日の特別定食、二つな。お嬢ちゃん美人だから、デザートもサービスしとくぜ!」
「大将、本当におだてるのうまいですねー。あ、でも、デザートはありがとうございます!」
「……む。俺にはデザートはないのか」
目の前の魔王が、少しだけムッとした表情をしている。
なかなかに尻の穴が小さいやつだ。
俺と魔王は、飲み屋兼宿屋『白鷺亭』の、一階食堂にて只今、夕御飯を食べている。
俺は(この世界では)成人している(らしい)ので、お酒だって飲めてしまう。
でもまぁ、実はソニヤの実年齢はよくわかっていない。
だが、中世ファンタジー風社会であるこの世界では、俺くらいの年齢の者は割と普通に酒を飲んでいるので、そこは、まぁ問題ではない、と思う。
ちなみに、俺は、蜂蜜酒が好物なので、こういった店に入り、酒を飲むときには、いつも決まって頼んでいる。
それに対して、魔王は、葡萄酒を瓶一本まるごと注文している。
さすがに一本丸ごととなると結構な額になるんが、こいつ、ちゃんと金を持っているんだろうか?
……だが、まぁ、こちらから夕飯を誘った手前、俺がおごることにしようかと考える。
実はそれなりの小遣いを持ってきているし。
「ここの酒は、まぁ、そこそこ飲めるな。だが、アルコール度数が低く、やや混ぜ物も入っている。……これも田舎特有の風味と言えば乙なものか」
魔王が葡萄酒を飲みながら、その味を評価している。
混ぜ物が気になるってところは、俺と似たような感想を持っているな。
現代人である俺と似たような舌の感覚を持っていることから、魔王の住んでいるところの文化レベルが現代のそれに近い相当高いレベルなのではないか、などと予測する。
ちなみに、シュガークリー王国の王宮の食堂で出てくるお酒と、ここ白鷺亭のお酒のレベルはドングリの背比べ程度であり、大差はない。
所詮、シュガークリー王国は、辺境近くの貧乏小国である。悲しいことに。
周囲を見回してみると、俺の格好はもとより、魔王の黒ずくめの格好といい、見た目の若さといい、あと、自分で言うのもなんだが、見た目の良さといい、客層的には、明らかに周囲から浮いている。
ちらちらと、こちらに向けられる視線がちょっとだけ鬱陶しい。
さて。今日の特別定食は、メインの焼き魚に、ライス、野菜が入った発酵豆のスープ、それに付け合わせの根菜の漬物だ。
ぶっちゃけ、和風定食なんだが、世界観だいぶおかしくないですか?
さすがエロゲーの世界。設定が適当過ぎる。
……だが、俺個人としては、割とここの特別定食が気に入っているので、宮殿を抜け出してはたまに食べに来ている。
パンや麺ばかり食べていると、無性にご飯が食べたくなるときってあるよね。ね。
とりあえずお腹が減っていたので、ご飯を食べることに集中する。
なんとなく、二人の間に沈黙が続く。
でもまぁ、そんなに不快じゃない。
友達と仲良くご飯を食べている感じだ。
しばらく黙々とご飯を食べることに集中をしていたのだが、ご飯を食べ終わってしまった。
「ご馳走さまでした」
命をいただいた食材たちに感謝の言葉を述べる。
さて、何から切り出したものか。
「……マオールさま。あらためまして、先ほどはどうもありがとうございました」
俺は魔王へと向き直り、居住まいを正すと、深々と頭を下げた。
これは本心だ。
ゲームの中ではソニヤ姫は酷いことをされる運命にあるとは言え、ここでは助けてもらった間柄。
個人として魔王に感謝をすることに異論はない。
「気にするな。たいしたことはしていない」
まぁ、これも魔王の本心だろうな。
こいつにしてみたら『助けた』という考えすらないだろう。
「それよりも、アインスとやら。貴様は、ソニヤの召し使いであったな。早速だが、ソニヤと面会がしたいので、都合をつけよ」
「へ?」
き、きたーっ!
前ふりなしの直球が、いきなりやってきた。
よーし。ここからが正念場だ。
俺は小首を傾げながら、よくわかりません、みたいな感じを演出してみた。
人差し指で、頬のあたりをさすりながら、ややあざとく、だ。
「……いったい、なぜ、そこまでソニヤ様とお会いしたいのですか?」
俺は内心の動揺をおくびにも出すことなく、平静を装って聞いてみた。
だが、心臓はばくばくいっている。
「うむ。情報提供者、じゃなかった、俺の知り合いどもがな、皆口々に、ソニヤはよい女だぞ、としきりに強く勧めてくるのでな」
情報提供者。やはり、宰相か。
しかし、『知り合いども』って、複数名の情報提供者がいるのか。
俺は、自分の予測の正しさを理解した。
「しかも、俺の、じゃなかった魔王の大軍に襲われ、砦を落とされる絶体絶命のピンチだったにも係わらず、魔王軍の包囲網を首尾よく突破し、無事に脱出成功。さらに我が……いや、魔王軍に大きな混乱をもたらした、というその軍事的手腕」
王国の中枢でしか知っていないことをペラペラと喋り出す魔王。
前回の魔王軍の襲撃は、対外的には、父たち騎士団がギリギリでかけつけ、俺たちを助け出した、という物語になっているはずだ。
ここで、なんでそんなことを知っているんですか、と聞くのは、まぁ野暮だろう。
「……そういった諸々のことから、俺もソニヤの能力を高く評価しているのよ。だからな、はじめはそのソニヤとやらのことなど、実はどうでもよかったのだがな。ここまでのことをされると、俺としても、さすがに好奇心を抑えられなくなってきてな。そこでこうしてそのソニヤと会うためにわざわざまかりこしてきた、という次第よ」
おい、お前。
一応、伯爵家の三男坊っていう設定だっただろ。
そんな偉そうな態度じゃあ、怪しさマックスだぞ。しかもこの強気さ。
さすが俺様魔王だな。
相手が面会を断るとか、端から眼中にないな。
まぁ、たしかに、無理矢理来られでもしたら、断る、という選択肢どころか、俺が生け贄として魔王へと魂ごと捧げられてもおかしくはない。
なので、少しだけ、搦め手で攻めてみることにした。
「しかし、姫様は、そういった無理矢理お会いしたい、という殿方はあまり好みではないと思いますが」
魔王にやんわりと注意喚起をしてみる。
「は? なぜだ?」
まったく通じていない。
というか、なぜ拒絶されるのかについて、心底理解が及んでいないみたいだ。
俺は異星人に対して、根気よく人間の言葉を翻訳してやる。
「ですから、マオール様が、無理矢理ソニヤ様とお会いすることは、姫にとって非常に迷惑となるだけですから、お辞めいただいた方がよろしいかと思いますよ」
とりあえず、断言しておいてやる。
というか、本当に突撃されると困るのでやめてください。
お願いします。
「……ふむ」
魔王は腕を組み、少しだけ考え込んでしまった。
俺はもう一つ気になったこともあったので、この機会に、ついでに聞いておくことにした。
「そういえばマオール様にソニヤ姫のことをお話しした、その『情報提供者』って、どんな方々なんでしょうか?」
俺は眼鏡の位置をすーっと直すと、魔王へと問いかけた。
俺を魔王へと売った戦犯どもの名前を聞き出してやる。
「ふむ。そなたに名を言ったところで、わからぬとは思うが……」
そんなことを言いながらも、何人かの名前を教えてくれた。
その中には、宰相やシロット王子の名前もあった。
宰相については予想通りなんだが、シロットまで、何をこいつに吹き込んだんだ。
「パプテス王国のシロット殿下ですか?」
「ほう。奴のことを知っているのか」
「はい。多少は」
「そうか。……やつは、女は縛り上げて、ムチとロウソクで悦ばすのが最上と俺に教えてくれたな」
「……は?」
ごめん。何を言っているのか本当にわからない。
「まぁ、俺自身はまだ、試したことはないんだが、やつは、自分の部下に試したことがあるとか言っておったな。そして、やはり喜んでいた、と。今度サキュバ……じゃなかった、俺の部下にでも試させてやるか」
おい。今、お前、淫魔って言おうとしていなかったか?
俺は最大限の侮蔑の視線を向けてみる。
俺をサキュバスなんかと一緒にするな。
「はぁ……。そこが誤解の大元ですね」
そうか。俺の周りにはダメな奴らしかいないのか。
よくわかった。
俺は魔王という災厄を回避したとしても、実はこのまま行くと、シロット王子という別の災厄にあたる、というそういう運命だったのか。
そして、サキュバスみたいな扱いをされる、と。
かわいそうなソニヤ姫。
俺はそんなマルチバッドエンディングを回避すべく、解決のための第一歩を踏み出す。
「よろしいですか、マオール様。なにも、縛られて悦ぶのは女だけではないのですよ」
「むっ?」
「殿方も皆、心の中では虐げられたい、もてあそばれたいという気持ちを持っているものなのです」
「そうなのか?」
小首を傾げる魔王。
俺は畳み込むように大きく頷くと、上半身を乗り出すようにして、魔王へと指を突きつける。
「ですから、マオール様もそのシロットさんですか? その方を縛り上げて、ムチとロウソクとで辱しめてやってあげてくださいませ。なに、最初は嫌がる素振りをみせますが、直ぐに従順になりますよ。私が保証いたします!」
それと、宰相についても責めればきっと悦ぶであろう、と付け加えておく。
俺は邪悪な微笑みを浮かべながら魔王へと逆提案をしてみた。
人を呪わば穴二つ。
くくく。宰相やシロット王子よ。俺を魔王へと慰み者の供物として差し出そうとした愚か者共よ。
因果応報を食らうが良い。




