第九十三話 さーかすをみにいこう
今日は、カミーナとナレンの二人を誘って、三人でサーカスを見に来た。
年に二、三回しか、サーカス団は王都トルテには巡業に来てくれない(シュガークリーは小国なので、あまり頻繁には来てくれないのである)ので、この機会を逃してなるものか、ということでチケットを事前にゲットしておいたのだ。
「サーカスか、懐かしいのお。子供のときに見て以来じゃの」
ナレンがしみじみと呟く。
「私は、はじめてですね。ソニヤ様はいかがですか?」
カミーナが私に聞いてきた。
「んー、たぶんなかったような……。まあ、とりあえず中に入ろ」
昔のことはあんまり覚えていないので、とりあえず笑ってごまかしておいた。
行ったことがあったような、なかったような。
ちなみに、今回は私たちはお忍びで来ているので町娘姿だ。
カミーナの白色のブラウスがその黒髪と似合っている。清楚な感じもするし。
それとナレンの赤色の髪と黒色のデニムの服の調和も素敵だ。なんというか大人の色気を出している。
ん。私は、地味めな白のセーターを着込んでいる。だって寒いし。
私たちはサーカスのテント前の受付に並び、すんなりと中に入ることができた。
テントの中はなかなかの広さだ。
真ん中にステージがあり、それを囲うようにして半円形に観客席であるベンチが据え付けられている。
奥の方は、サーカス団の楽屋みたいだ。
「あ、始まるみたいよ」
しばらく待っていると、ショーが始まった。
最初は、奇妙な白色のメイクをした、ド派手な服を着た、小太りな紳士が出て来て、パントマイムで漫才を始めた。
少し愛嬌があり、間抜けな仕草が受けたのか、会場は笑いに包まれている。
ふむ。なんとなく、ピエロに似ているなあ、という印象だ。
そして、サーカス団の団長であると彼は自己紹介をし、サーカスの芸が始まった。
「あやつの笑顔、目が笑っておらんな」
隣に座っているナレンが、変なところを突っ込んでいる。
次に出てきたのは、ひょろ長い背丈を持った男と、がりがりに痩せた女の子のコンビ。
彼らはステージの端と端に移動し、女の子は、大きな木の板を背にして手を広げて立った。
その手にはメロンのような大きな果物を持っている。
そして、ひょろ長い男は、観客席に一礼するや、どこからか、やけにキラキラするナイフを二本とりだし、それらを続けざまにいきなり投げつけた。
一瞬、観客席から悲鳴があがりかかるが、見事、女の子の手の上のメロンに突き刺さり、歓声があがる。
何回か手の上の果物を変えて、持つ場所を変えていくが、ナイフはまるで自ら標的に吸い付くかのようにうまい具合に当たる。
そして、最後に、女の子は自らの頭の上に小さなリンゴをのせた。
今まではメロンとかの大きな標的だし、それに手に持っていたので、ナイフ投げに失敗したとしても、大怪我程度ですむが、今回は標的も小さく、さらに外して頭にでも当たれば、けが程度ではすむまい。
テント内の緊張がピリピリとしていくのを感じる。
そして場内の緊張がピークに達するや、ナイフ投げは、投擲をした。
「「わーー!!」」
ひときわ大きな歓声が上がる。
見事、女の子の頭の上のリンゴにナイフが深々と突き刺さり、ステージにごろりと転がる。
そして、二人は観客席に向けて、一礼をして楽屋の方へと引っ込んでいった。
「見て見て、カミーナ! あのナイフ投げ! あの女の子の頭に乗っている林檎に、見事に命中したわよ!」
「まあ、あれくらいならば、私にもできますが」
カミーナは、なぜか対抗するかのように言う。
いやいや、あなたはあんなことをしなくても良いんだよ?
その後も、ライオンみたいな猛獣が、大きなボールに乗るという動物を使った芸や、きれいな肉体美を誇る男女が、空中ブランコを行う曲芸などなど、様々な芸が披露される。うん。見ていてなかなかに楽しいわね。
……でも個人的に、一番面白かったのは手品だったというのは内緒だ。
「えー、紳士、淑女の皆さま! 我々、サーカス団『宵の明星』の、この冬の新しい目玉をご紹介したいと思います!」
そういって、ステージの中央に立っていたピエロの格好をした小太りの団長が、背後に合図をした。
「ふむ。目玉とな。なんじゃろうかのお」
ナレンがふむふむと呟いている。
すると、テントの奥の方から、団員と思わしき男に杖で小突かれながら、小さな動物らしきものが現れた。
あれは……。
「ドラゴンですね。しかも、近隣の山などでたまに見かける翼竜などではなく、赤竜の幼生体ですね。非常に珍しいですね」
カミーナが感心したように呟いた。
しかし、舞台に現れたドラゴンは、小突かれても、おどおどするばかりで、なにもしない。しまいには鞭で打たれる始末。
私としては目を背けたくなる。
最後には、ピエロが複数出て来て、なんか適当な見世物をして終わってしまった。
「ふーむ。結局、なんもせんかったのお」
「そうですね。人里に慣れていない感じでしたね」
ナレンとカミーナが口々に感想を言い合っている。
あれで終いだと、微妙に後味が悪い。
そう思いながらも、城に戻った。
◆◇◆◇◆
城では、なにやら慌ただしい様子だ。
「一体、何があったの?」
忙しそうにしていた衛兵の一人を捕まえて聞いてみた。
「はっ。姫様。近隣の村にてレッドドラゴンの成体を確認したとの連絡を受け、至急、確認用の偵察部隊と、迎撃用の騎士団を整えているところであります!」
成体?
私は、隣のカミーナに顔を向ける。
その顔が緊張に包まれている。
「レッドドラゴンの成体とは穏やかではないのお」
ナレンも緊張した声音で声をかけてきた。
どうやら相当にまずい事態みたいだ。
「どういうこと、カミーナ?」
「はい。ソニヤ様。先程のサーカスでも少しお話をさせていただきましたが、我が国で通常見られる翼竜と、赤竜というのは、その驚異度がまったく違うのです」
「翼竜って、あの翼が大きくて、騎乗にも使われるドラゴンよね?」
私の疑問にナレンが横から答えた。
「そうじゃの。竜騎兵が使役する劣等種の竜が翼竜。それに対し……」
「赤竜は人里では滅多にお目にかかりませんが、竜で言えば上位種である古竜種になります。そして、その成体となれば体長は二十メートルをゆうに越えて、魔法まで使えるものも存在するとのこと」
ナレンの言葉をカミーナが引き継ぐ。
「しかも、その鱗は極めて硬く、鉄の剣も通らんしのお。装甲人形を揃えたとしても、正直、正面からは戦いたくないのお」
「……はっきり言えば、普通の人間の騎士程度がどうにかできる相手ではありませんね」
ナレンとカミーナの両人とも、声色が低い。相当にまずい事態みたいだ。
他にも炎を吐いたり、空を飛んだり、その強力な鉤爪は、鉄をバターみたいに切り裂く、などなどと説明されると、もう戦車とか、戦闘機とか、そういった類いの戦争兵器に近く、そんな兵器を相手に、剣や槍などの鉄の棒だけで挑むなど正気の沙汰ではないと思えてくる。
「しかし、タイミングがあいすぎよね……」
先程、サーカスでみた幼生体といい、今回目撃された成体といい、ちょっと、タイミングがよすぎる。
私としては事の是非を確認したい。
「カミーナ、ナレン。お願い。ちょっと私と一緒についてきて欲しいのだけど」
「はい、ソニヤ様」
「おうよ、まかせよ」
友人たちは実に頼もしい返事をくれた。
彼女たちがいれば百人力だ。
私たちは城を抜け出した。
なんとか更新です。まもなく四十万文字が見えてきました。
次回も来週中には更新したいと思います。




