第2章 「古き友と御先祖様の想いを継いで…」
そんな私の内なる思いも何処吹く風。
大正五十年式女子用軍衣に身を包んだ黒髪の拳銃使いは、会話の流れを全く別の方向へさり気なく切り替えちゃったんだ。
「ソイツは何よりだよ、ちさ。だけど気合いに関しちゃ、お京のヤツも負けてないと思うんだよな。」
「えっ、京花ちゃんがどうしたって…おお、これはこれは…」
マリナちゃんが指差す先を見た私は、思わず感嘆の溜め息をついちゃったの。
目の覚めるような青いロングヘアーを左側頭部でサイドテールに結い上げた少女士官は、それは見事に大正五十年式女子軍衣を着こなしていたんだ。
この青いサイドテールが特徴的な子は枚方京花ちゃんと言って、私やマリナちゃんと同じ堺県立御子柴高校の一年生にして、人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局に所属する少佐階級の特命遊撃士なの。
明朗快活で屈託の無い京花ちゃんだけど、個人兵装に選択したレーザーブレードの腕前たるや、御子柴1B三剣聖の一角を担う程なんだよ。
「もう、困っちゃうなぁ…マリナちゃんも千里ちゃんも、そんなに驚く事はないじゃない。」
「悪い悪い!いやさ…お京の陸軍将校姿も、なかなか様になっていると思ってね。」
すっかり呆れ顔の京花ちゃんを、クールビューティな美貌に気さくな笑みを浮かべてとりなすマリナちゃん。
一見すると真逆なタイプの二人だけど、これが意外な程に馬が合って、「B組のサイドテールコンビ」って呼ばれている程なんだ。
そんな二人の関係性を端的に表しているのが、この「お京」ってニックネームなんだよ。
まあ、私もマリナちゃんにかかれば「ちさ」なんだけどね。
「そりゃそうだよ、マリナちゃん。何しろ私の曾御祖母ちゃんは、大日本帝国陸軍女子特務戦隊の園里香上級大佐なんだからね。護国の英霊となられた御先祖様の手前、中途半端な真似なんて出来ないよ!」
こう言われちゃうと、何も言い返せないよね。
大日本帝国陸軍女子特務戦隊の将校さんだった京花ちゃんの曾御祖母様は、珪素戦争が終わってからも軍務を続けられたんだけど、紅露共栄軍の武装蜂起を止める為にユーラシア大陸の戦線に身を投じ、そこで名誉の戦死を遂げられたんだ。
愛する家族や祖国を守るため、そして先立っていった戦友達との友情に報いるために、その生涯を軍務に捧げられた園里香上級大佐。
その誇り高き忠誠心は、「我が妻は護国の乙女」という軍歌にも詠み込まれている程なんだ。
そんな偉大な御先祖様の名に恥じまいとする京花ちゃんの意気込みは、私にもよく理解出来たよ。
だけど私やマリナちゃんに関しては、京花ちゃんの御先祖様には特に深い思い入れがあるんだよね。
何しろ十代の頃の園里香上級大佐が、京花ちゃんと入れ替わる形でタイムスリップしてきたんだから。
若き日の園里香上級大佐は京花ちゃんに瓜二つだったけれど、戦中派世代としてのジェネレーションギャップや陸軍式の習慣とかがチラホラと顔を覗かせる物だから、「またボロを出すんじゃないか…」ってヒヤヒヤさせられちゃったよ。
だけど県立大学の粒子加速器で生成したワームホールで元の時代に帰還する頃には、里香ちゃんとも本当の意味で友達に成れた訳だからね。
だから大正五十年式女子軍衣に身を固めた京花ちゃんを見ていると、どうしても里香ちゃんの事を思い出しちゃうんだよ。
そして京花ちゃんも、大日本帝国陸軍女子特務戦隊に籍を置いた大切な人に思いを馳せていたんだ。
「今回の堺まつり、出来れば美衣子ちゃんにも見に来て貰いたかったなぁ…奈良市の観光イベントの出店と日程が被っちゃうなんて、上手く行かないもんだね。」
「しょうが無いさ、お京。ならまちで老舗の和菓子屋である四方黒庵としては、観光イベントでのPRは重要な広報活動の一環だよ。」
ちょっぴり残念そうな京花ちゃんと、それをヤンワリと慰めるマリナちゃん。
そんな二人の遣り取りは、傍から聞いている分には至って普通の物に感じられただろうね。
−京花ちゃんは同年代の友達である美衣子ちゃんを堺まつりに誘ったものの、その子はバイト先の和菓子屋が観光イベントに出店するので、その手伝いで日程が埋まっていた。
何も知らない人が聞いたら、そんな風に解釈するんじゃないかな。
ところが実の所は、ならまちの友達と京花ちゃんの間には干支を軽く六周する程の年齢差があったんだよね。
そんな曾祖母と曾孫程にも年齢の開いた二人の間に友情が育まれたのは、京花ちゃんの身に降り掛かった予期せぬタイムスリップが原因なんだよ。
ちょうど里香ちゃんと入れ替わる形でタイムスリップした京花ちゃんは、御先祖様である里香ちゃんの戸籍と個人情報に背乗りする事で、珪素戦争真っ只中な修文四年の時代を無事に乗り切ったんだ。
そうして大日本帝国陸軍女子特務戦隊の園里香少尉として一ヶ月前後を過ごした京花ちゃんは、園里香少尉の戦友達とも親交を深めたんだけど、この時に親しくなった大日本帝国陸軍女子特務戦隊の少女士官というのが、ならまちの老舗和菓子屋の大女将である四方黒美衣子さんだったって訳。
この事実を打ち明けた事で、和菓子屋の大女将として戦後を生きてきた四方黒美衣子さんと現役バリバリの特命遊撃士である京花ちゃんとの間に、改めて交友関係が育まれたんだよ。
とはいえ相手は、老舗和菓子屋の大女将。
何かと忙しいのは仕方無いよね。
「あの、京花さん…今日の大パレードでしたらケーブルテレビで放送されますので、その録画映像を御送りされては如何でしょうか?」
鈴を転がすようなソプラノボイスで遠慮がちに申し出たのは、私と同じ御子柴高校一年A組に在籍している生駒英里奈少佐だ。
黒とか青とか比較的地味目な髪色の私達の中では、英里奈ちゃんの腰まで伸ばされたライトブラウンのストレートヘアは一際華やかに見えるね。
そもそも英里奈ちゃんは織田信長公に仕えた戦国武将として名高い生駒家宗公の末裔にして華族様の御令嬢なのだから、生来の気品の高さや丁寧な所作振る舞いは、私達庶民とは一味も二味も違うんだよ。
然しながら、それを決して驕り高ぶらない奥床しさと慎み深さが、英里奈ちゃんの良い所なんだよね。
同じ堺県第二支局配属の特命遊撃士としても、そして小六からの友達としても、今後とも末永く御付き合いを続けたい所だよ。
「それが妥当な落とし所だよね、英里奈ちゃん。確かに沿道で立って人垣の合間から見るよりも、テレビの記録映像の方が見易いからね。そうだ!ケーブルテレビのクルーに袖の下を送って、私にスポットが当たるように撮影して貰おうかなぁ!それなら美衣子ちゃんにも、私の事がすぐに分かるのに…」
「ちょ…ちょっと、京花ちゃん!」
幾ら何でも、これは聞き捨てならないなあ。
公安職の公務員である特命遊撃士の私達が贈賄だなんて、ちょっと流石に洒落にならないよ。
「ハハハ!冗談だってば、千里ちゃん!作戦行動に無関係な贈賄なんか、私がやる訳ないじゃない。ほらほら、急いで!グズグズしてたら、大パレードに遅れちゃうよ。」
「もう、京花ちゃんったら…誰のせいだと思ってるの?」
不満タラタラの私だけど、観閲行進に穴を空ける訳にはいかないもん。
「そうそう!今日はレーザーライフルじゃないんだった!」
そして空砲の装填された修壱式歩兵銃を肩へ担ぎ、慌てて人員輸送車を飛び出したんだ。
この修壱式歩兵銃が無いと、観閲行進で捧げ銃が出来ないからね。




