魔人、魔人、死人
ころころと、首が転がる。
鬼の居ぬ間からひとりの童女が脱兎の如く飛び出し、甲高い悲鳴を上げながら廊下を走っていった。
「陽、見るな」
「いえ、この程度なら見慣れておりまする」
人体を玩具とした展示場。
溢れ出た臓物を的当てゲームの土台にされている男を見物してから、陽は「ひい、ふう、みい……」と死骸の数を数える。
「今宵、清涼殿に詰めていた衛府の数と一致いたします。何故、斯様に衛府の入れ替わりが激しいかと思えば、魔人の玩具にするためとは……なにを考えているのやら」
ちらりと。
陽は、首を失くした七椿の胴体を見下ろす。
「ライゼリュートがいる限り、貴女様の鏡面上の万面鏡像はわたくしに通用いたしません。どうか、ご観念を」
「じゃってよ、どうする?」
「いや、俺に聞くなよ。俺、お前の敵だか――らァッ!! 死ぬるれェエッ!!」
いつの間にか。
俺の背後に回っていた七椿へと刀を振り回すが、無駄と判断した陽は魔眼を開くことなく空振りに終わる。
「おんもしろいのぉ~!! なんじゃなんじゃなんじゃぁ~!? ココに、なんかおるのぉ~!? 式神ぃ!? そなたの式神かぁ~!? 妾、ワクワクすっぞぉ!!」
鏡で出来た十二単。
反射する光の色合いで色彩の階段を表現している着物、しきりに御衣をアピールしている七椿は狐尾をフリフリして喜悦を示した。
「ンッフッフ……ッ!!」
特徴的な笑い声。
陽の胸の狭間を掻き分けて這い出てきたライゼリュートは、鼻から「ンフッ、ンフッ」と息を吐きながら七椿を睨めつける。
「ナナ・ツバァ~キィ~!! ンフッ、あ、あいも変わらず、気色の悪い顔立ちをしていますねぇ~? ンフゥッ、うちの陽ちゃんの可愛らしさとは段違いの醜女~!! くちゃいくちゃいですねぇ~?」
「はぁあああああああああああああ!? なんじゃなんじゃなにごとじゃぁ~!? 悪臭で鼻がヒン曲がって美しいカーブを描いたかと思えば、『死骸』のライゼリュートではありゃせんかぁ~!? ほえ~!? コイツはたまげた仰天、びっくり虫螻箱~!!」
額と額を突き合わせて。
二体の魔人は、殺意が宿る眼光で互いを射抜いた。
「……ンフッ、こ、殺すぞぉ」
「……東ローマで妾の像が立った時、ついでにそちも潰しておけば良かったのぉ」
殺気が肌を刺し、魔人の形相がおぞましく変わる。
「お、オマエの薄汚い聖像は、す、直ぐに禁止令が出ただろ」
「ほほほ、その後、直ぐにそちは敗け馬の上でハイヨハイヨと戯れとったのう」
光線が熱線と化し、涼しい顔をしている陽の真横を横切る。
じゅうっと、音を立てて。
床が溶け落ちて周囲に焦げ臭さが漂ったかと思えば、白沢王が描かれた障屏画に青い線が入って細切れになり、周囲の柱という柱がサイコロ状になって転がった。
「ンフフッ、陽ちゃんに手ェ出したら殺すぞクソガキィ……ッ!!」
「なんじゃぁ~!? やんごとない身分のライゼリュート殿は、未だに魔神の言いつけを守っておるのかぁ~!? コイツはおどろ木ももの木、全部、妾の木ぃ~!!」
ドッスンと、仰向けに寝転がったかと思えば。
アヒャヒャヒャと咲いながら猛烈に回転し、七色に発光しながら高速移動を始めた七椿は腹を抱える。
「相変わらずのアホタレェ~!! お主、一度も、魔神と会ったことがないからのぉ~!! 妾からすれば、あんな魔神に会うだけ無駄じゃがなぁ~!! 会ったことがないからこそ、魔神の命を忠実に受け入れェッ!! 魔人の身でありながら『愛』を解そうとしておるんじゃなぁ~ッ!! うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 妾は世界で最も美しい貝独楽じゃぁああああああああああああああああああああああああああああ!!」
壁にぶち当たりながら回転し続けた七椿は、自分の尾に大量のホコリが付いているのを発見した途端、すんっと真顔になって立ち上がる。
「わからんかなぁ~!? まぁ、お主じゃアわからんじゃろうなァあ、この領域の話はァ~っ!!」
真っ青に発光する人差し指。
その指を、真っ直ぐ、己の眉間に突き立てた七椿は咲う。
「妾たちは、脳の造りが異なっておるんじゃよ、人間とはァ……!!」
ぐりぐりと。
指をめり込ませて脳をほじりながら、七椿は血飛沫の中で狂喜に浸る。
「なぜ、妾たちに『愛』が解せぬと思ぅ~ん!? 至極、ぶっ飛び、簡単なお話じゃァ!! 創り手ぇ!! クンリエイターァッ!! 魔神に愛が欠けておるせいじゃァッ!! 愛を解せぬ創り手に愛を解する担い手が創れると思うかァッ!? 無理じゃろぉ!? 無理じゃよなァッ!? なァッ!?」
「陽に聞かないでください」
「聞くなァ、ライゼリュートォッ!! 可愛い幼子を巻き込むなァッ!! 妾はァッ!! 童子が好きじゃァっ!! 妾と遊んでくれるからのォッ!! 妾はとても善い魔人なので、ガキは殺さんように心がけておるんじゃァッ!! じゃが、お主が大事にしているこの陽とかいうガキは殺ぉっす!! ほほほーっ!! どうじゃあ、悔しかろう!? 悔しかろう!? 悔しかろうがァ~ッ!!」
ひゅーひゅーと音を立てて。
七椿の足元から花火が打ち上がり、鼻をほじっているライゼリュートは右斜め上を見つめる。
「ンフッ、フフーッ、うちはイカれたババアとは会話しませんのですねぇ~? フッフー、愛だのなんだのは、うちの至高なる目的の途上にしかスギナーイんですよぉ。う、うちにとって必要なのはー、たったのひとーつ、単純かつ優雅ぅー」
ライゼリュートは、胸と腹から七つの頭を生やして歌う。
「「「「「最も優れた魔人になりたい~♪」」」」」
ぱちぱち、わーわーと。
陽の背後から生えてきたライゼリュートの手は、闇の中で喝采を叫び拍手を鳴らした。
「ンフッ、フッ、うちの美意識によればぁ? アナータたち魔人は、あ、あまりにも醜くて薄汚く異臭を放つ未完成品のゴミですねぇ。だ、だって、ねぇ、考えてみてもくださいよぉー? 劣っている人間ですら『愛』を解するというのにー? アナータたちは、『愛』を解することすらできなーい。それって、ンフッ、フゥ、ナンセーンスじゃありませんかぁ?」
ゆっくりと、ライゼリュートは両腕を羽ばたかせる。
その度に腕の本数が増えていき、八面六臂と化した彼女は、それぞれの手で根本印を結んで微笑む。
「うちだけですよぉ……この世で、完成品に至るのはぁ……魔神ですら至れなかった『愛』を解する魔人になるのは……うち、ひとり……それって、すんごく、えれがんすぅ……」
「ほんに、バカじゃのぉ」
心底、呆れたように七椿は苦笑する。
「ないものをねだってどうする? みすみす、己の才を無為にする阿呆な人間と同じじゃのぉ。ないものをねだる生よりも、あるものに費やす生が善いと、何故、気づかぬまま果てるのか」
光り輝きながら、七椿は指を伸ばし――
「まぁ、良いわ。妾が生き死にというものを教え――」
その額に、錆びたナタが突き刺さった。
天井裏から下りてきたカバネ、ヨウ、セイの三人組は、油断なく周囲を警戒しながら陽の周りを囲む。
「陽様、退きましょう。安倍が来る」
「安倍?」
陽は、眉を顰める。
「安倍とは? 安倍のどなたですか? 藤原家の勅命によるものなのだから、安倍程度に口出しされる筋合いはありませ――」
「安倍晴明」
ますます、陽は眉を顰める。
「とうの昔に亡くなった御方でしょう。四十を超えての出仕で高齢での往生とは聞いておりましたが……生きているわけがありませぬ」
「しかし、道長様の御犬や蘆屋道満の一件といい逸話が残っております」
「それは、安倍家が権威を保つためにでっち上げた創作に過ぎません。死人が生き返って、伝説を遺したとでも言うのですか」
「だが」
こつこつと、足音が聞こえて――
「安倍晴明は、実在を認められている」
カバネの断言と共に、純白の狩衣が暗中から滲み出るように現れた。
本日、書籍版第三巻が発売されました!
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ライトノベルは初動が重要なので、もし、購入を検討頂いている方は早めに購入してもらえると大変助かります。
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