邂逅と後悔・11
とりあえず1ヶ月以内に更新……!
ということでおねがいします!
今回から厨二病的にルビを必要と思えるところだけドイツ語(古語)にしようと思います
微調整は改稿版で!
「ないわー」と思ったらつっこみお願いいたします!
「ユーリアちゃん、赤鍋停、辞めるって本当?」
開店前に店前を掃いていたら、数人の常連が寄って来て真剣な表情でユーリアを取り囲んだ。
まだお客さまには公にはしていなかったが、どうしてか伝わってしまったのだろう。
手を止めて向き直り、ユーリアは「はい」と答えた。
「代わりのアルバイトさんが見つかり次第、辞めさせていただく予定です」
はっきりとした口調で述べたユーリアに、常連客たちはそれぞれ呻いた。
「まじかー、まじかー、あの噂ほんとかー」
「労 働 取 引 所に求人出てたっていうから、まさかとは思ったけど……」
「なんでー?なんで辞めちゃうのー、ユーリアちゃーん!」
どう説明したものかと逡巡すると、店内から女将のマルガが顔を出した。
「あんたたち、仕事の邪魔するんじゃないよ!訊きたけりゃ店来て酒の一杯でも頼みな!ユーリア、あんたも律義に相手するんじゃない。
そういう時は『お店に来てくれたら答えます』って言うんだよ。
あんたたち3名、席取っとくからね、来なさいよ、夕方!」
言ってぴしゃりと扉を閉める。
呆気に取られたユーリアたちは、顔を見合わせて笑った。
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兄の家に泊まって、今朝は美しく晴れた空の下、義姉にだっこされた最愛の姪っ子に見送られながらエルヴィンは流しの馬車に乗り込んだ。
「おーたん、ばーい!」
控えめに言ってウチの姪っ子は天使だな?
「ばーい!」
手を振り返すと満面の笑顔で腕をぶんぶん回す。
帰りたくないあの魔窟へ。
しかしこの区域をよく巡回している顔見知りの御者は、エルヴィンの思いなど知らずにエルヴィンの所属研究所へと向かって出発してしまう。
ああ、アリーセ、我が愛しの姪よ……。
昨夜は天使が、「おーたんといっしょ!」と言ったので、共に来客用のベッドで眠った。
もうかわいかった。
尊みの極みだった。
同じ絵本を18回読まされてもそれがどうした。
前回よりテンションが低いとすかさずダメ出しが入る。
アリーセはなんて賢く愛らしい子なのだろう、相手の少しの変化を理解してそれを「めー!」と表現できる。
あんなに賢いのだ、きっと将来はわたしに似て立派な研究者か精神科医になるに違いない。
はっ!それはだめだ!愛らしいアリーせをあんなケダモノたちの巣窟へ向かわせるわけにはいかない。
ではやはりしっかりとした身分の綺麗な身元の青年の元に嫁がせ…………るくらいならわたしが嫁に取るわあ!!!
ひとり縦横無尽にエルヴィンが懊悩していると、馬車が止まって「着きましたよ、旦那」と御者席から声がかかった。
現実は非情である。
エルヴィンは仕事に戻らなければならない。
馬車から降りて、「ありがとう」と相場のチップを乗せて料金を支払う。
味気ない我が研究所。
ただでかくて四角くて白いだけの研究所。
アリーセがいないというだけで、ここはなんと荒漠としているのだろう。
馬車は去り、エルヴィンは仕方なく研究棟へと歩みを進めた。
ら、突如両脇からがっしりと抱え上げられた。
「……よお、エルヴィン」
聞き覚えのある声が耳元で名を呼ぶ。
「よくぞまあ俺たちを出し抜いてくれたなあ?なんだよ、昨夜はお楽しみかあ?」
「いや、そんなことは。
ただアリーセとーー」
「なるほど?見合いの美人さんとは違う女と一夜を過ごして大手を振って朝帰り、と?ーーいいご身分だなぁ?エルヴィン?」
ーー多くの誤解が生じている。
しかし、心情的には間違っていない。
たとえそう感じるエルヴィンが人として間違っていたとしても。
エルヴィンは大人しく引き摺られて行った。
アリーセが元で裁かれるなら、この身など惜しくはない。
その顔は安らかであったという。
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出勤したら案の定ランドルフ隊長に呼ばれて、イェルクはなにか欠け落ちたような、けれど胸いっぱいなような、どっちつかずの気持ちでそれに応じた。
隊長室へ向かう廊下でテオと行き会って、器用に笑うこともできずに俯く。
ちらりと見たテオは真っ直ぐにイェルクを見ていて、でもその水色の瞳からはなにも読み取れなくて、イェルクは形だけ唇を挨拶に動かしてすれ違った。
テオは何も言わなかった。
「風邪をひいてはいないか」
ランドルフが開口一番そのようにイェルクに訊ねた。
その気遣いがただ嬉しくて、でもそれを表現できなくて、「はい、大丈夫です」とただイェルクは呟いた。
どうしてこんな小さなことまで想う通りにいかないのだろう。
心のなかでイェルクは「ありがとうございます」と付け加えた。
「また、あちらからは連絡が来ると思う。
ーー昨日の件は、お前の答えに影響するか?」
率直に問われて、イェルクは押し黙った。
声を失ったのではなく、表現する言葉を見つけられなかった。
だから、思ったことを言った。
それしか今のイェルクにはなかったから。
その時のランドルフの瞳を、イェルクはきっと忘れられないと思う。
「ーーわかりません。
……どうか、時間をください」
それでなにかが分かたれてしまったかのように思う。
イェルクはただ、悲しかった。
ランドルフの瞳が、悲しかった。




