邂逅と後悔・2
だんだんと身体が重く感じられてきて、ルドヴィカはザシャの腕に手を置いた。
それだけで察したザシャは「先代様」とヨーゼフに呼びかけつつルドヴィカの背に腕を回し、抱き上げるようにしてソファに座った。
メヒティルデは本棚で違う絵本を選んでソファに駆け寄ると、不思議そうにその様子を見た。
「殿下、申し訳ありません。
わたくし、眠らなければなりませんの」
なるべく普通の口調になるように一語一語をはっきりと発音し、ルドヴィカは首を傾げるメヒティルデをぼやけた視界に収める。
ヨーゼフが大股で歩み寄りソファの前で片膝を着いた。
「メヒティルデ殿下、ルイーゼについてお伝えしたいことがあります」
その言葉がたわんで遠くに聴こえて、ルドヴィカは暗闇に落ちた。
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「…ごびょうきなのですか?」
先日既にメヒティルデの部屋には、応接室の隣の間にルドヴィカ専用の簡易ベットが運び込まれていた。
寝息ひとつ立てることなく深い眠りに落ちたルドヴィカをザシャがそこへ横たえると、驚いたようなメヒティルデの声が聞こえた。
肩まで掛布を引き上げてタロウを枕元に置き、見た目だけ安らかな主の寝顔を確認すると、ザシャは応接室へと戻った。
「今ご覧になられたように、突然眠り込んでしまう病気です。
お気付きになられたでしょうが、そのためにクッションを持ち歩いています。
また、ザシャが常に共にいるのも、こうした時のためです」
メヒティルデがじっとザシャを見上げてきたので、とりあえずザシャは笑っておいた。
「殿下、このような娘ですが、お側に上がりますことをお許しください。
殿下と共に過ごすことで、もしかしたらルイーゼの様子も良くなって行くかもしれません。
ルイーゼからたくさん学んでください。
人に教えることは、起きているのにとても役に立つのです」
メヒティルデは真剣な表情で頷いた。
先代様さすが上手いなー、とザシャは感心した。
「はい、ごびょうきがよくなりますように、いっしょにいます!」
外は雨だったが、高らかに宣言したメヒティルデの言葉に、部屋の中の人々の心は晴れ晴れとしていた。
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がちっがちに緊張した様子でヤンが帯剣時の音無しの構えを取り、事実息すら詰めている中、ユーリアの写生の静かな音が響いていた。
花形の近衛騎士であるヤンは人前に出るような仕事も多く注目されることには慣れていたが、肖像画を描くわけでもなく、写生のモデルになるということは生まれて初めてのことで、いつもの余裕を完全に失っていた。
それも描いてくれるのは世によくいる貴族抱えの取り澄ました男性画家ではなく、自分と同年代の若い女性である。
ヤンにとって若い女性から注目されることも決して珍しいことではない。
同じ様に微に入り細を穿つ勢いの視線もおなじである。
しかしここまで下心なく真摯かつ真剣に見られると、面映ゆくもなるものだった。
「…ありがとうございます。
あの、次、後ろ姿、いいですか?」
これで4ポーズ目だ。
良かった、後ろを向けるなら緊張しない。
淡々としたユーリアの指示に従って、ヤンは背を向けた。
「首は左を向いて…目線は入口の上あたりで。
はい、ありがとうございます、そのままで」
写生帳をめくる音が聞こえてすぐに先程と同じ音が始まった。
目の端に固唾を呑んで見守っている侍女のカーヤが見えた。
ヤンは少しだけ反省した。
心の中でどこか、趣味の延長線上の女性の手習いだと思っていたのだ。
違う。
瞬きすら忘れてヤンを見る瞳の強さを知る。
彼女は、画家だ。




