居眠り姫と王女様・10
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ツェーザルが迎えに来ていたので「ありがとう」と言ってそのまま乗り込もうとしたのだが、「先代様はご一緒ではありませんか?」と問われた。
「うん?父さんは今日殿上したのかい?会っていないなぁ」
首を傾げると微かに困ったような顔をして、「ご一緒にお迎えに上がったのですが」とツェーザルは言った。
「陛下のところかねぇ?先に帰ると言付けしよう」
そう言うとユリアンは停車場から王宮門へ戻り、近くにいた侍従に言付けを頼んだ。
「そういえばツェーザル、君は猫を飼っているのかい?」
ツェーザルがびくっとした。
「いや、責めているわけではないんだ。
むしろ礼を言いたいんだよ」
今朝、「猫と同じだった」とぽつりとヴィンツェンツが言った。
あの猫は何なのかと問うたとき、「内緒ですわよ?」とルドヴィカが教えてくれたと。
ぜんぜん内緒になっていない事実は置いておいて、何でもないことのように接してもらえた事実は、ヴィンツェンツの中の何かを動かした。
それはユリアンにとってもトビアスにとっても、安堵に足りる変化だった。
きっとこれからは、「普通」に生きる手段を、ヴィンツェンツ自身が探せる。
たとえ不器用ながらでも。
「わたしにも見せてくれよ、君の猫」
笑って馬車に乗り込んだユリアンに、ツェーザルは戸惑いがちに頷いた。
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緊急茶会の後、あわよくば引き留めて夕餐もご一緒に、と企んでいたルドヴィカだが、それは全身全霊で固辞したユーリアによって夢と化した。
「無理です、無理!あたし、食事のお作法とかなにもわかりません!」
本気で怯えるユーリアを前に「そんなことはどうでもいいから」と無理強いすることもできず、ルドヴィカはすごすごと引き下がった。
ザシャは「わかるよ、わかるよ、ミヒャルケさん」とうっすら涙ぐんでいた。
ユーリアはしばらくの間シャファト家に写生に通うことになった。
『いねむりひめ』を置いたとしても、シャファト家の庭園と屋敷の様子はユーリアの創作意欲を刺激するものらしい。
神が日参するとなって、ルドヴィカはシャファト家の女主人としての技量をここで試みられる、と勝手に燃え上がった。
ユリアンが帰宅し、間を置かずにイェルクが帰宅した。
夕餐の時間になってもヨーゼフが戻らず、ユリアンが王宮に使いを出そうかとした時に、ヨーゼフから「今日は王宮に留まる」と連絡があった。
「お姫様によっぽど好かれたんだねぇ」とユリアンが言うと、「そうかもね」とイェルクが答えた。
そして「あした早いんで」とイェルクが席を立つと、そのままその日はお開きになった。
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「なぜおまえがそんなにメヒティルデに懐かれるのだ」
何度目かわからない質問をするくだまき国王に、ヨーゼフは若い時と同じように「ジーク、声がでかい」と言った。
「私だってもっと構いたいんだ!もっと愛でたいんだ!でも時間と立場がそれを許さないんだ!ヨーゼフ、おまえずるいぞ!さっさと隠居しおって!」
手元のナプキンを投げつけてきた決して褒められない行儀の国王に、まぁわたしがいる間くらいは仕方がないとヨーゼフはため息を吐いた。
「さっさと結婚しなかったおまえが悪い。
20年も前だぞ、わたしがユリアンに爵位譲渡したのは」
「まさかおまえがあんなに早く退くとは思わないじゃないか!」
「わたしを基準にするな。
言っていたはずだ、息子が一人前になったら退くと」
「ふざけるな、ぜんぜんおまえに足らないぞ、おまえの息子は!復帰しろ!」
「なに言っているんだおまえは…」
酒を注ぐ振りをして水をグラスに注いだ。
「味がしないな、これは」と国王は言った。
酔いすぎだこれは。
「うちの上の孫すらも、おまえの息子より年上だ。
おまえはまだがんばれよ」
「だからおまえが復帰すればすべては丸く収まるんだよ、ヨーゼフ!宰相でもなんでも立場は用意してやるから戻れ!」
「断る!」
悠々自適領地経営生活とギスギス朝廷生活、天秤にかけるまでもない。
「メヒティルデにあんなに愛されながら領地に戻るのか、悪魔かおまえは!」
結局ずっとヨーゼフから離れなかったメヒティルデは、寝かしつけられてようやっとヨーゼフの服を放した。
「おまえは早く『おとうさん』になれ」
愛らしい寝顔を思い浮かべて、ついヨーゼフは苦い気持ちで呟いた。
「なんだって?」
「おまえのその愛情を、ちゃんと示してやれと言っているんだ」
思い当たることがあるのか、国王は少し打ち沈んだ。
「多くの時間を割くことも確かに愛情だが、そうじゃない示し方もある」
「なんだ、それは」
「自分で考えろ、いいおっさんだろ、おまえは」
世間ではもうじいさんと言われるかもしれないが。
「やっぱりおまえがいなければだめだ」
「ごめんだよ、こんな情けない国王のおもりは」
「たまにはこうして来てやるよ。
ジーク、おまえが潰れないように」
言ったそばから、国王は酒に潰れて寝た。




