シャファト家と在りし日の想い出・15
シャファト家の超有能家令リーナスの予想は15分と違わずに当たった。
「君ほんとなんなの?」「神のお告げです」というユリアンとリーナスの会話は馬車が玄関先に着く前には閉じられ、扉が開かれる時には両者いい外面をしていた。
「「「「「お帰りなさいませ、先代様」」」」」
家人総出で迎えられた初老の男性は、なぜか大変面白くなさそうに舌打した。
「…あさっての日取りを伝えただろう。
なんで出迎えがあるんだ、しかもユリアンまでいて」
「ヨーゼフ様が裏をかこうとされるのは承知しておりましたもので」
「ほんっと忌々しいな!リーナスおまえほんっと忌々しいな!」
地団太を踏むかと思う勢いで男性はもう一度舌打ちした。
父さん、貴方もですか、とユリアンは思った。
「お帰りなさいませ、おじい様!」
ルドヴィカが進み出るとヨーゼフは相好を崩し、孫娘を幼い時と同じように抱き上げた。
「ルイーゼ、元気だったかい。
また一段と愛らしくなったな」
「元気でしたわ。
おじい様、もう子どもではありません、下ろしてくださいまし!」
「ああ、それはすまなかった、ルイーゼはいつでも可愛いから」
と言いながら次の再会の時も同じことをするのがお約束だった。
「父さん、いったいどうしたんです。
こんな中途半端な時期に」
「野暮用ができてな、ついでに寄った」
あ、これなんか触っちゃいけないやつだ、とユリアンとリーナスは即座に勘付いた。
ので、素晴らしい連携をみせて二人は話題を変え、歓待モードへと切り替えた。
「夕飯までは時間もあります、談話室にでも茶を用意させましょう。
ザビーネ、すぐに用意を」
「ルイーゼ、君の作品のお話を聴かせてあげてはどうだろう?」
「えっ、いいんですの?お父様」
「もちろん。
父さん、ルイーゼは可愛いだけじゃなく天才なんですよ。
ぜひ話を聴いてやってください」
「なに?」
ヨーゼフがかっと目を見開いた。
「作品だと?!ルイーゼ、なにを作ったんだ?!」
「まぁ、聴いてくださいますか?おじい様」
関わっちゃいけないものには徹底的に関わっちゃいけない。
孫娘による回避作戦成功である。
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国璽尚書ヴィンツェンツはとても面白くなかった。
なぜかと言うとユリアンがいない。
せっかく仕事にきているのにあの怒鳴り声がないのである。
こんなの仕事じゃない。
はっきりと言おう。
つまらない!!!
仕事とは怒鳴り声を聞きながら茶をしばくことを言うのだ。
今やっているこれはただの手の反復運動だ。
なんと味気なくまた空々しいものだろうか。
トビアスも一緒に休ませてしまったからオロオロしてくれる人もいない。
ああ退屈だ!!!
わかっている、仕方がない。
ユリアンは家庭内問題絶賛勃発中なので休まざるを得ないし、トビアスだけ出勤させるのも可哀想だ。
だから自分が虚しいひとり手遊びをするのが一番丸く収まるのだ。
ああ寂しい!!!
早く戻って来いよふたりとも!!!
国璽尚書の秘書が二人いる理由は、単純に仕事量がめちゃくちゃ多いこと。
そしてヴィンツェンツは自覚あるさみしんぼかまってちゃんだった。
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談話室ではルドヴィカを賛美礼讃するヨーゼフとそれを押してヨーゼフにユーリア神を布教するルドヴィカという混沌とした展開がかれこれ三時間近く繰り広げられていた。
まったく口をはさむ隙もない攻防に、濃い血の紐帯という断ち切れない強いものを見て、ザシャは心から感心した。
うん、この祖父にしてこの孫娘あり、正しく。
お互い相手の話を聞いているようでまったく聞いていない。
普段のルドヴィカはそんなことはないので、自分の好きなもの(ラーラが言うところの「推し」)に関してだけは箍が外れてしまう仕様なのだろう。
うん、血筋だね。
侍女長のザビーネはこんなことは織り込み済みなのか、単にプロ侍女根性なのか、眉ひとつ動かさず控えている。
すげぇよ先輩。
なんだかんだ見てるだけで楽しいのだが、先代様がこんな人だったとは知らなかったザシャは深く考えると笑えてきて困った。
なんかもっと泰然としているイメージだったのに。
考えていることがザビーネにはお見通しだったのか、咎めるような視線を合わされてザシャは少し背を正した。
すみません先輩。
ザシャはまだシャファト家の従僕としては日が浅い方なので、4年仕えている今でもこうした発見があるのは面白い。
「ねぇザシャ、ユーリア様について話して!!そのすばらしさを!!」
一向に転向しない祖父にしびれを切らしルドヴィカがザシャを巻き込んだ。
うわ事故った、逃げたい。
「…えーと…うん、すごく頑張り屋さんで、…素直な女性?」
「それはルイーゼだって一緒だろう!!!」
ヨーゼフがかっと目を見開いてザシャを見た。
うわ多重玉突き事故、部屋帰って寝たい。
その後はやいのやいのとザシャを間に聖戦は続けられた。
ザシャは日が暮れて呼びに来たリーナスを信仰しそうになった。
今日でこの話書き始めて1か月のようです
どこ行きかわからない見切り発車話にお付き合いいただきありがとうございます
今後ともミステリーツアーをどうぞお楽しみください




