居眠り姫と夢見る絵描き・3
ザシャは目の前で二人の年若い女性がテーブルを挟んで硬直しているのをもう20分程眺めている。
ひとりは自分の主であるルドヴィカで、もうひとりはユーリア・ミヒャルケと名乗った茶髪の女性だった。
二人とも自己紹介をしたあとソファに座り、出された茶もそのままにそっくりな姿勢で固まっていた。
面白いから放っておいたのだが、そろそろ助け舟を出すべきだろうか。
ラーラが「お取替えします」と茶を淹れなおした。
それを合図にしたかのように二人は顔を上げたが、見合わせるとまた俯いてしまった。
おいおい、話進まねぇだろ。
「んーと、二人とも、童話の話すんじゃないの?」
ルドヴィカが浮足立っていたのは見ていたのでこの反応は分かるのだが、なんで相手側までこんなに緊張しているのか。
「は、はいっっ!」
「しますわっっ!」
と言いつつまた二人とも俯くので、ため息を吐きつつ「失礼しますよっと」と、ザシャは一人がけソファに座った。
うん、司会進行必要、これ。
「はいじゃあ二人とも、まずは落ち着くために茶を飲もうか」
言われてすぐに二人は従った。
「ぅまっ」
思わずといった体でユーリアが呟いて、すぐに口を手で塞いだ。
「そうだろ、ラーラはどんな茶でも美味く淹れる達人だからな」
笑って言うと「恐れ入ります」とザシャの前にもすっと出された。
言ってみるもんである。
「んで、話始めようか?
まずミヒャルケさん、俺はザシャっていいます。
お嬢様の付き人みたいやつです、よろしく」
「は、はい、よろしくお願いします!」
「で、俺の聞いた話によると、お嬢様がミヒャルケさんの絵に一目惚れして、お嬢様の書いた話の絵を描いて欲しいと、そういうこと?」
真っ赤な顔でルドヴィカは何度も何度も頷いた。
ユーリアは真っ赤になりながらぷるぷるしていた。
「んで、ミヒャルケさんとしてはどうなんだろ?受けてくれんのかな?」
「うひゃいっ!!」
申し訳ないがザシャは吹いた。
「んーと、なんでミヒャルケさんまでそんな緊張してんの?」
笑いながらザシャが言うと、ユーリアは「ううううう」と唸った。
「かかかかか、かみ、神作家様が、あたしの絵にひとっひとっ…ああああああ」
たまらずにユーリアは顔を手で覆った。
今度はルドヴィカがぷるぷるし始めた。
ちなみに現在ルドヴィカの周囲にはクッション三人衆の他に無名クッションも集結している。
「えーとよくわかんないだけど、神作家てなに、お嬢様のこと?」
「はいそうでしゅううううう!」
だめ死ぬ。
本能的にルドヴィカは心を無にする作業に取り掛かった。
「よかったなぁ、お嬢様。
めちゃくちゃ高く評価してくれてんじゃん」
容易にとどめを刺しにきたザシャはにこにことしていたが、ルドヴィカは忘我の境を装着して無になっていた。
――神絵師様がわたくしを神作家と?
やはり、わたくしの人生は今日までだったのではないか。
うん、思い残すことはない。
みんな、今までありがとう、ありがとう。
「でさぁ、こういうのって今後のこととかなんか話し合うんじゃないの?こうやって描いてほしいとか?」
「あっ、あのっあたしっ…!」
傍らに置いていた大きな手提げ鞄から、ユーリアは写生帳を取り出して開いて見せた。
「先生の、お話読んで…イメージしたの、描いてきたんです!」
「…ふぎゃああああああああ!!」
令嬢にあるまじき声を上げて、メリッサを抱き締めたルドヴィカは部屋隅まで逃げ去った。
むり、ほんとむり。
ザシャが全力で爆笑した。




