32.取り込んだのか、溶かされるか
好戦的なのは昔からだ。悪い癖だと思うが、直そうと考えたことはなかった。強い敵を見つければ倒したくなる。その意味で、残る二人の大公も獲物だった。
直情的で勘の鋭いベルゼビュートは、敵を正面から打ち砕こうとするタイプだ。力比べになるが、魔力も強く戦い甲斐もある。精霊を使っての魔法も厄介だった。
ベールはその点、策を巡らす。以前は私の同族を巻き込み、盾にする作戦を取られた。厄介で面倒だが、その強さも確かだ。単独で正面から戦っても、互角か。冷徹で他者を切り捨てるくせに、意外と情が深い。一度懐に入れると甘い点が気になった。
どちらと戦っても負ける気はしないが、ルシファー様は別格だった。甘くて手加減するのに、絶対に勝てない。絶望的な実力差があった。それでも戦う機会があれば、全力で立ち向かうだろう。
目の前にある黒い霧を掴もうと、形を探る。この私に傷を付ける実力者は滅多にいない。じっくり味わい、叩き潰そうと思った。今まで、魔の森にいなかったタイプだ。
実体が掴めず、ぼんやりとしている上、魔力をあまり感じない。それでいて害意は強かった。内側から体を溶かそうとする霧を、逆に思い切り吸い込む。溶かす前に、吸収してやる。じわじわ広がる痛みを楽しみながら、口角を持ち上げた。
目から涙のように赤い血が溢れる。拭おうとした指先も血が滲んでいた。内臓を食い荒らす以外にも、触れた皮膚を溶かす能力があるらしい。冷静に判断しながら、結界を解いた。ルシファー様の言葉に従い、普段は結界を張っている。その幕を薄くして、最後は消し去った。
吸血種の再生能力は、魔族でも随一だ。他者の治療に優れた鳳凰や虹蛇さえ、自己治癒力は我々に届かなかった。溶かされた側から再生していく。どちらの能力が上か、単純に興味があった。
この行いで殺されても悔いはない。好奇心は長い人生を彩る重要なスパイスなのだから。
「この程度ですか?」
正直、がっかりしました。そう匂わせ、残る霧もすべて吸収する。体を霧状にして浮遊させる能力は、得ておきたい。影に潜む能力と合わせれば、かなり使い勝手が良さそうだ。
皮算用する私の耳に、同族の声が届く。甲高く細く、それは私の安否を確かめるものだった。いっそ失礼な気もしますが……。悪気はないのだろうと思い、その変化に驚く。以前なら無礼だと叩き潰した。
ルシファー様の愚かさは、伝染性でしたか。やれやれと首を振り、最後の霧も風で集めて呑み込んだ。腹の中で諦め悪く抵抗する獲物を、じっくりと飼い慣らすのも悪くありません。
長く生きる以上、どうしたって暇つぶしが必要だ。魔王や他の大公は、どうやって退屈を紛らわせるのか。私にとって暇つぶしは、獲物から能力を吸収したり、我が身を危険に晒したりする行為だった。
問題ないと返し、城内に魔力を満たす。他に侵入者は見つからなかった。食って終わる程度なら、こんなに時間をかけることもなかった。いや、暇つぶしとは本来こういうものでしょう。
慌てて駆け込む同族と顔を合わせる前に、血を綺麗に消し去った。これも他の種族から得た能力だ。浄化と相性が悪い吸血種にとって、非常に便利だった。お陰で頭から水を被って温風で乾かす手間を省ける。
「我が君! ご無事で」
「問題ありません。それより……城に強い結界を張ります。何かあれば私に連絡しなさい」
「承知いたしました」
何かが入り込めば面白いと考え、以前に張った結界を強化しなかった。しかし入り込むのがこの程度なら、締め出した方がマシです。解いた体の結界を戻し、城の結界も補強する。抜け道を塞ぎ、欠点を潰し、現在築ける限り最強の結界を施した。
入ってこられるのは、同族のみ。満足して踵を返した私は、胸元に突き刺すような激痛を感じた。何かが体内で膨れ上がり、じわりと汗が滲む。
「っ、まさか……乗っ取る、気……くっ」
崩れそうな膝に力を入れ、城から外へ転移する。激痛もそのまま移動し、出現した中庭で羽を解放した。全魔力で叩き潰してやる!




