18.親鳥に付いて歩く緑の雛達
緑の子供達は、魔の森の動きに敏感だった。風もないのに葉を揺らす森と、まるで対話をするように呼応する。一人の少年と三人の少女は、すっかりルシファー様に懐いてしまった。
ベールやベルゼビュートが手を差し伸べても、見向きもしない。それは私も同じだった。特に感じることはないが、ルシファー様の後ろを必死に追いかけ回す。姿が見えなくなると泣き出し、近くにいなければ食事もしなかった。
「これでは長生きできませんよ」
魔力量は多い上、外見が我々に近い。かなり強い種族のはずなのに、精神面が脆かった。図太いルシファー様や、繊細さの欠片もないベルゼビュートとは大違いだ。ベールと私も、誰かに依存する感覚が理解できず、対応に苦慮していた。
「まあ、オレが近くにいればいいんだから」
「数百年、数千年単位で生きる可能性があるのですよ?」
ずっと連れ歩くわけにいかない。忠告する私に、ルシファー様はからりと笑った。
「それで命をなくすなら、この子達の寿命だろ」
情に厚い人にみえても、実態はこれだ。手を差し伸べて優しくするが、ダメならすっぱり諦める潔さがある。この点、いつまでも引きずるのはベールだろう。
冷静沈着を絵に描いたような男だが、懐に入れた者に存外弱い。自覚はあるらしく、人を寄せ付けないよう振る舞った結果が、今の冷たい氷のような男だった。
「ねえ、あの緑の子達……もうすぐ化ける気がするのよね」
ルシファー様を後追いする四人の子供を目で追うベルゼビュートは、指先で髪を弄った。手で梳かす仕草をしながら、ピンクの直毛を指に巻き付ける。
「進化ですか?」
以前に見た進化は、ドラゴンだった。後ろ足の発達したトカゲだと思っていたら、立ち上がって背に羽を生やした。あの時の影響は大きく、周辺を魔力で汚染したのだ。今回も同様の事件が起きるなら、事前に僻地へ移動させることも考えなくては。
「進化というより、服を着替える感じ」
ベルゼビュートは直感で生きている。賢くはないが、真理に行き着くことが多かった。多分こっち、と彼女が示す方角が間違っていたこともない。その点は評価するが、理論立てての説明を求めるのは無理だった。
服を着替えるの表現を考え、脱皮のようなものかと眉根を寄せる。この世界に生まれ落ちて、同族や敵となる存在を仕分けた。ベールとベルゼビュートは出会いから敵対する。吸血種は私に従属した。
この環境で、最初に生まれた魔族は鱗のある種族が中心だ。その後、魔狼のような獣が現れ、徐々に我々に近い種族も生まれた。何かを試しているのか、森の生み出す子らは能力や寿命がすべて違う。
この緑の子供達は、魔力量で判断すれば上位に入る。寿命は長いはずだが、意外な欠点があって死んでしまう可能性もあった。
「きっと、殻を破るのかな」
予言のように、ベルゼビュートはそう呟いた。見る限り殻や甲羅は背負っていないが……。ツノのように光る針を纏う子供達は、ルシファーの純白の毛先を掴んで歩き回る。
「あ、アスタロト。悪いんだが、何か食べ物ないか?」
「食べ物、ですか」
「ああ、この子らがお腹を空かせているみたいで。何かあったかな? と思ってさ」
言いながら、自分でも収納空間に手を突っ込む。引っ張り出したのは、巨大なシーツだった。なぜシーツなど収納したのか。疑問に思いながら見ていると、次は木箱が出てきた。
近くの巨木の木陰に木箱を置き、上からシーツをかける。その端に陣取り、四人を箱の周囲に座らせた。
「持ってないのか?」
「果物なら持っていますわ」
先に動いたのはベルゼビュートだ。赤や黄色に色づいた果物を並べ、にっこりと笑う。真っ赤な唇が弧を描いた。頬を染める二人の少女と、目を逸らす少年。残る少女はルシファー様に釘付けだった。
「食事はきちんと与えていると思いますが」
そう告げながら、平べったい焼き物を出す。調理場で試作品として受け取った食べ物だった。小さな粒を集めて粉にし、練って焼くらしい。まだ味見前ですが、ちょうどよかった。齧り付く子供の表情が綻ぶのを見て、問題なく食べられそうだと判断した。




