72 レニーラ
秋の終わり、やっと艦が一隻入れる港ができた。
桟橋も岩礁を砕いたものを使って造り、クレンタラ号を配置することにした。
「オールダー。お前を男爵の地位を与え、ミドットリー島の司令官に任命する」
主要メンバーを集め、大々的にお披露目した。
「はっ! 爵位に恥じぬ働きを致します!」
オールダーはまだ二十五歳らしいが、ゴルティアからの信も厚い。経験はまだ少ないが、それはこれからしていけばいいだけのことだ。
お披露目が終わればゼルたちはコルモアに戻る。いずれ首都になるマイノカを空けておくわけにもいかない。ミナレアの民の問題もあるしな。
「ギギ。オレは春になったら帰る。頼むな」
レブやチェルシーも寂しがっているだろう。オレが帰るまで慰めてやってくれ。
「はい。帰ってくるのを楽しみにしていますね」
ギギに頬擦りをする。オレの愛情表現だ。
レニーラと数人の女、呪法師を一人残して、コルモアへと出港した。
見送ったあと、ミドットリー島に残った者で会議をする。オレが残ったのは見定めるためだ。
「レニーラ。お前にはクレンタラ号の艦長を命じる」
司令官としてオールダーがレニーラに命令を下す。
これはレニーラを見張る意味もあるが、これまでの経験を買ってのことでもある。
三十年もの航海経験はゴルティアにも並ぶ。レニーラは不満だろうが、下を育てるために働いてもらう。ちなみに爵位は与えてない。まだ新参だし、本人も望んでいる様子もなかったからな。
「謹んでお受けします」
こうしてただのレニーラになり、ミドットリー島周囲を探る仕事をさせる。
しばらくは暗くなるまでの距離を探らせ、夜は港に停泊させた。
「レオガルド様。なにをしているんだ?」
砂浜で海を眺めていたらひょうたんを持ったレニーラがやってきた。
「知り合いに呪言を飛ばしていた」
まったく返信はないがな。
「海にもモンスターがいるのは知っていたが、レオガルド様みたいなものまでいるとはな。世界はおもしろい」
根っからの冒険野郎(いや、女だけど)のようだ。
「後継者を育てたらバラゲア大陸一周でもやればいい。いずれ知らなければならないことだからな」
「レオガルド様はバカにしないのだな」
「人の生き様や夢をバカにするつもりはない。やれるのならやればいいさ」
昔、と言うか、人間だった頃、他人の夢を嘲笑ったことがある。夢すら持ってない自分が他人の夢を笑う。その浅ましさを知ったのは自分の夢を知ってから。それからは他人の夢はバカにしないし、認めるようにしている。力になれるのなら力になるようにもしてるよ。
「バラゲア大陸一周か。それはおもしろそうだ」
まだ四十四歳だと言う。体力も気力もあるのだから充分可能だろう。伊能忠敬も五十過ぎてから日本地図を作ったのだ、レニーラにできないこともないだろうよ。
「いくときは志願者だけにしろよ」
止めはしないが、無理矢理はダメだ。途中で死ぬこともあるからな。
「ふふ。理解ある上司でなによりだ」
「獣だけどな」
「見た目はそうだが、中身は人間臭いがな」
やはり、わかるヤツにはわかってしまうようだ。
「オレは異人。別の世界では人間として生きていた」
ギギにも言ってないことをレニーラに言ってしまった。
「それはまた難儀なことだ」
疑うことはなく、そのまま受け入れ、自分の中で答えを出した。
「そうだな。最初の頃は難儀もしたが、今ではこの姿もいいと思えてきたよ」
二十年以上、この体でいれば慣れもするし、受け入れもする。SSS級の力もある。そう悪くもないと思えてきたよ。
「別の世界とはどう言う世界なんだ?」
「ここより数百年は先をいっている世界で、人間だけしかいない世界だな」
今さら昔を思い出したところで空しいものだが、理解してくれる者に話すと懐かしく思えてくる。
夜を通してレニーラに語ってしまった。
「もう朝か。そろそろ仮眠しないと仕事に差し支えるな」
「出港時まで寝ろ。そのときに起こしてやるから」
腕を回し、レニーラのベッドになってやった。
それからレニーラの辺りが柔らかくなり、なにか女らしさが出てきた。
まあ、だからって獣にはフィットしない。女らしさ、と言うより丸くなった感じだな。
レニーラとの交流をしながらオールダーたちと島を開拓する。
高い木があるところを避け、大陸から持ってきた水を溜める木を植える。数十人なら水の確保はできてるが、万が一のときのために植えておくことにしたのだ。
段々畑もいくつか作り、春になったらイモを植えるとしよう。生るか生らないかはわからんが、最小でも食料があったほうが心の余裕にはなるはずだ。
「煉瓦が運ばれてきたら倉庫も造らないとな」
プレアシア号が定期的に物資を運んでくるが、煉瓦は作るのに時間がかかる。それまでは山に穴を掘って堪えるしかないかな?
そんなことを考えているうちに季節は春となった。
まだまだやることはあるが、オレがいないとモンスターがやってくる。そうじゃなくてもフガクなんて怪獣までいる大陸なんだからな。
「オールダー。あとを頼むぞ」
「はっ。お任せください」
「レニーラもな」
夏は帝国やマイアナから船がやってくるかもしれない。開拓船ならまだしも戦艦は潰しておきたい。まだ本格的な戦いはできないからな。
「お任せあれ」
頼もしい二人に任せ、プレアシア号に乗ってコルモアへと帰った。




