188 呪言
雪が少なかったからか、春の訪れも早かった。
「……そろそろ海が見たいな……」
レニーラが誰とはなしに呟いたので、ミナレアを発つことにした。
ミナレアから運ぶものもないので決めてから一日で出立。まだ蟲も獣も目覚める前なので苦なくマイノカへと到着できた。
「ギギ、ただいま」
すべてのことを放り出し、ギギを丸一日独占した。
周りには呆れられたが、そんなもの構わない。今のオレはギギ成分を補給しなくちゃならないんだからな。
あ、丸一日はウソでした。三日はギギを独占し、ギギ成分を120パーセント充填しました。
「フフ。レオガルド様の寵愛を受けるのはギギ様だけか」
「オレがギギから寵愛されてんだよ」
それはもう昔の話。今はもうギギに尻に敷かれてるも同然さ。
とは言え、守護聖獣としての立場と役目がある。いつまでも神殿に閉じ籠っているわけにもいかない。ギギに見送られてゼルのところに向かった。
レニーラにも同席させてブランボルでの出来事、懸念事項、情報の擦り合わせで十日が過ぎた。
まあ、半日は見回りとエサ探しに費やされるので長いこと話し合えないが、それでもここ数ヶ月の国内状況は理解できた。
「レオ様!」
タイミングよくレブにチェルシー、ライザーにミディアが帰ってきた。
ちょくちょく会いにはきてくれてたが、こうして守護聖獣が三体揃うのは久しぶりだな。皆揃って嬉しいが、チェルシーとミディアからの舐め回しは止めて欲しい。せっかく巫女たちが綺麗にしてくれるんだからさ~。
まあ、こいつらの愛情表現。黙って受け入れ、飽きるまでさせた。そのあと、湖や川にいって水浴びするのは内緒だ。
「守護聖獣が三体も揃うと圧巻だな」
怖いもの知らずなレニーラは、ミディアの脚を撫でている。こら、そこにいると踏まれるぞ。
ミディアはまだ足元に注意を向けられてない。体はデカいがまだ子供なんだよ。
踏まれる前に謎触手で助けてやる。
「レブ。ライザー。見回り先の話を聞かせてくれ」
頭を擦りつけてくる二匹を相手しながら二人からレオノール国内の状況やモンスターの目撃情報を聞かせてもらった。
「第二防衛線にティラノライザーの群れが現れてバリュードと縄張り争いを始めたよ」
「コルベトラに猪のモンスターが現れました」
オレらがいると言うのにモンスターはどこからともなくやってくるものだ。ゲームのように湧いて出るのか?
それでもレオノール国内に侵入できたモンスターはおらず、脅威なのはチェルシーとミディアの胃に収まったそうだ。
……ここの生き物は食うほどに強くなるんだろうか? 二匹の力が増してるような気がする……。
しばらく皆で過ごし、春になったらレニーラをコルモアに連れていく。
「あーやっぱり海はいいな!」
自分は海の女だ! とばかりに海に飛び込むレニーラ。もう四十過ぎてんだから子供っぽいことするなよ。
謎触手で海から引っ張り上げ、エイのモンスターを前脚で潰してやった。
「こんなのまでいるんだな」
食われそうだったのに恐れもしない。こいつの度胸は天下一品だよ。
レニーラを陸に戻し、オレが乗れそうなエイをいただいた。淡白でいまいちだな。
「相変わらずですね、レニーラ様は」
ついてきたセオルたちも呆れている。
「アハハ、面目ない。久しぶりの海に興奮を抑えられなくてな」
その場で火を焚き、エイの残りを焼いて簡易バーベキューを始めた。
「しかし、湾内にこんなものが入り込んでいるとは思いませんした」
「そうだな。こういうのはあちらの海にもいるのか?」
「いや、パラゲア大陸に近い海だけだと思う。こんなのが出たら歴史的一大事だ」
やはりここだけが異常なのか。なにか異常を起こすなにかがあるっぽいな。
「しばらく海を探るか。こいつ一匹ってわけじゃなさそうだしな」
コルモアならマイノカからでも通えるし、久しく海の幸を食ってないしな。魚三昧と洒落込むか。
レニーラの愛船、クレンタラ号がくるまでのんびり過ごし、レニーラらが出航したら途中まで見送ったら海へと潜った。
……いろんな魚がいるな……。
オレくらいの魚からジュラシックなパークから逃げてきたの? って恐竜みたいのからいろいろ。レイギヌスがなければ転覆させられてるところだろう。
てか、コルモアにレイギヌスがないからエイのモンスターがやってきたのか? 呪霊を持つ者を増やさないといかんってことなんだろうか?
そんなことを考えながら潜水を楽しんでいると、どこからか声が聞こえてきた。
……もしかして、呪言か……?
まだ遠いが、これはミド──サメの守護聖獣だと確信できた。
オレも霊力に言葉を乗せて放つと、しばらくしてミドからの返信がきた。
──懐かしい呪言だ、レオガルド。近くにいったらまた呪言を放つ。
わかったとだけ返して陸へ戻った。
「……約十年振りの再会となるのか……」
ああ、懐かしむくらいの時が過ぎたんだと、身に染みて思うよ……。




