121 第五の種族
海の香りが微かにしてきた。あともうちょいだな。
「ん? なんの音だ?」
なにか木を切る音に似てるな。伐採か?
いや、コルベトラから離れすぎている。人間がこれる距離ではない。ましてや冬でこの雪だ。人間が伐採にこれるわけがない。ってことは獣の類いか?
「レブ、なにか感じるか?」
「ううん。なんにも感じない」
レブのレーダーはモンスター限定。獣や人には反応しない。じゃあ、やはり人なのか? 人なら驚異的な肉体の持ち主だぞ。
よくわからない存在がいる。臭いもしない。いや、なにか草の臭いの中に血の臭いがするな。
この時期に草の臭いがするのも変なことだが、血の臭いがするってことは生き物ってことだ。
「レブ。しっかりつかまっていろよ。すぐに戦闘になるかもしれんからな」
「わかった」
相手の強さがわからない以上、気持ちを狩りモードにチェンジ。風下から慎重に近づいていく。
カーン。カーン。と連続で木を叩く音。なんか必死さを感じるな。
そろりそろりと謎の生命体を視界に入れた。
「腕?」
石斧を振り上げているぶっとい腕が見えた。
「もしかして、ブレイブかも」
ブレイブ? 勇敢? え、なに?
「わたしは見たことないんだけど、外れの村によく現れる大きな種族なんだって。ブレイブが狩った獣と木の実、黒曜石のナイフを交換するって長老たちに聞いた」
つまり、物々交換をできるだけの知能はある、知的生命体ってことか。
「そんな種族がいたんだ」
この大陸に産まれ落ちて長いこと経つが、今になって新たな種族を知るとはな。つーか、よく出会わなかったな? あの腕からしてかなり図体はデカい。なのに出会わないとか意味わからんわ。
「言葉はしゃべれるんだよな?」
この世界、文字の違いや方言はあるが、基本言葉は共通だったりするファンタスティック。誰かが意図して創った世界しか思えないぜ。
「あまり饒舌ではないけど、言葉はしゃべるみたいだよ」
言葉が使えるなら多少なりとも意思疎通は可能と言うこと。いや、オレの姿では無理か?
「レブ。ゴコールと交流があるなら接触するならお前のほうがいいだろう。オレでは怖がられて話にもならなそうだからな」
「そうだね。ブレイブは臆病だとも言ってたし」
あの図体で臆病なんだ。いや、臆病だから今の今まで遭遇することがなかったんだな。納得。
オレの背から飛び降り、雪の中をずんずん進んでいった。度胸がある子だよ。
石斧を振る腕が止まり、片言な言葉が耳に届いた。
「ゴコールか? なぜ?」
「わたしはレブ。獣神の巫女。この先にある人間の町に向かっているところだよ。なぜブレイブがここにいるの?」
「……逃げてきた……」
また逃げてきたか。大陸の奥はそんなに弱肉強食が激しいところなのかよ。
「動けないの?」
ん? 動けない? どう言う状況なんだ?
伏せの状態なので二人の姿が見えないのですよ。
「あ、ああ、動けない」
「レオ様、きて!」
いや、オレのことを説明してからにしなさい。オレでは怖がれるからお前をいかせたんだからさ。
やはり教育は大事だと痛感しながら立ち上がり、ゆっくりと向かった。
「レオ様は怖くないよ」
石斧をつかむのを腕を押さえた。
「オレはレオガルド。見ての通り獣だが、無闇に襲ったりはしない」
ブレイブの姿に驚きながらも冷静に名を告げた。
しっかし、ミノタウロスみたいなのがいるとはな。上半身からして四、五メートルはあるんじゃないか? この見た目と図体なら狩るほうの立場だろう。なんで臆病なんだよ?
「樹に挟まったのか?」
仰向けの状態で、下半身に樹がのしかかり、地面に埋まっている感じだ。
長いこと挟まっていたんだろうな。ブレイブの周りには雪がなくなり、地面が見えているよ。
「樹を伐っていたら足が滑って逃げ遅れた」
「よく死ななかったものだな」
下半身を覆うくらいの巨木が倒れてきたら普通死ぬぞ。オレだってこれだけね巨木が倒れてきたら……いや、なんともないか、オレの体では。逆に弾き返してるわ。
樹をガフリと噛みつき、持ち上げてやる。ほら、逃げろ。
のっそりと逃れ、充分離れたら樹を下ろした。ふー。さすがに重かったぜ。
「ケガは?」
「少し。休んでいれば治る」
大森林で生きるだけあって、ここの生命体は治癒力に優れている。よほどの大ケガでなければ自然治癒で治してしまうのだ。
まあ、そのせいで医者が育たないんだよな。シナド(ゼルム族でドクターの氏を与えた者ね)も苦労してるみたいだし。
「お前たちは肉を食うのか?」
「あまり食わない。臭いが変わるから」
臭いが変わる?
「獣の肉は体を臭くさせる。獣に狙われる」
あーなるほど。確かに肉食獣の臭いは強いな。熊も臭いの強いのや弱いのがいて、それは食い物違いだなとは理解していた。ブレイブも長い年月をかけて植物だけを食って臭いを抑えてきたってことか。生存戦略が凄まじいな。
「じゃあ、冬はなにを食べるんだ?」
「雪の中から草やノズを探して食っている」
「ノズ?」
なんだそりゃ?
「キノコだよ。倒れた樹の下によく生っている。ゴコールは食べないけど、ゼルム族は好きだから交換してた」
へー。ゼルム族、菌類も食うんだ。それは知らんかったわ。
「肉が食えないわけじゃないんだな?」
「冬、食える草やノズがないときは食う」
背に腹は代えられない、って感じか。
放り投げた竜獣を持ってきてレブに解体させる。
「生で食うのか?」
牛なフェイスだが、鋭い牙が生えている。本来は肉食なんじゃないのか?
「焼いて食う」
姿はともかく他の種族並みには進化しているようだ。
落ちている枝を謎触手でつかみ、風で乾燥させる。器用だろう?
焼けるだけの枝を乾燥させて竜獣の肉を焼く。
「この辺はオレの縄張りだ。凶悪なのはいないから安心してくえ。ケガしていては生き残れないぞ」
「レオ様がいたら大丈夫だよ。食べて食べて」
レブがいるからか、ブレイブは言うことを聞いて焼いた肉を口にした。
さて。このあとどうなることやら……。




