7話
そうだと、温室に向かう兄に声をかけた。
「兄、温室に向かう前に使い魔の契約をしますか? あ、でも、来たばっかだし、森の外に用事があるのなら契約はいつでもいいですけど」
「ん? 外に用はない。今からでも構わん」
ためらいのない返事と差し出された手に、私は「じゃ、契約するね」と小さく頷き手を取る。自分とは違う魔力を感じる、これは兄の赤の魔力だ。私も契約のために自分の緑の魔力を出す。森はその魔力に反応して葉を揺らす。
私は息を吸い込み、契約の詠唱を唱える。
「『魔女シャーリーの名において、魔獣ヴォルフと使い魔契約を結ぶ』」
そう唱えると私たちの魔力は混ざり、黄色の魔法陣が私達の足元に浮かび包みこむ。その光が消えると互いの目に使い魔の契約の証――楔の魔法陣が私の右目と、兄の左目にも刻まれる。この紋は使い魔の契約をした二人にしか見えない。
契約が終わると、ざわめいていた森も静まった。
「はい、これで使い魔の契約は終わり。この使い魔の契約は、リシャン母が帰ってきたらすぐに解くね。だから……それまで、よろしくお願いします」
笑って伝えると兄の目がわずかに見開かれ、眉が一瞬だけ寄る。
「……ああ、わかった」
「兄、頼りにしていますよ」
「まかせろ」
森の中でしか暮らせない私とは違い、兄は森にとらわれたらダメだと思う。だって、兄は外の世界が好きで仲間が大切で、同族に好きな人がいる。
兄が修行の旅に出ると言った五年前の日。
旅立つ兄を見送った街で、私はそれを見た。兄は仲間たちに囲まれ笑い、彼の隣には綺麗な同族の女性がいた。
(……綺麗な人。そっか、そうだよね)
私の見た目は、そばかすとポワボワな髪。
あの日、私は自分の告白が届かなかった理由を知り、奇跡に近いけど、もう一度会えたら彼を兄以外の名前で呼ばないと決めた。
⭐︎
使い魔の契約を終えた私達は、温室へと向かった。
ガラス張りの温室の扉を開け、採取カゴを持つと、隣りの兄は腕を組みながら呟く。
「相変わらず、広くて……ごちゃごちゃした温室だな」
兄の言葉に、私は思わず笑みをこぼす。
これは母が、薬草選別の知識を高めるためにと、たくさんの薬草を育ててきた温室。同じ葉の形でも、毒草と薬草が隣り合って生えているから、確かに“ごちゃごちゃ”に見えるのも無理はない。
「チャロ草を採ればいいんだな」
「そうだよ、お願いね」
ああと、兄はカゴを持つと温室の中を歩き、迷いなくチャロ草を摘んだ。その動きは無駄がなく、摘む速さは私よりもずっと早い。
(早い! 魔獣の鼻はよく効くと、母が言っていたのは本当なんだ。うらやましい)
兄の正確な動きを見て、胸の奥で小さく火が灯る。
私だって、五年もやってきたんだ負けられないと、気合を入れて、次々と頭痛薬に必要な薬草を摘んだ。
やがて作業を終え、あとは調合だと立ち上がる。
そう思ったとき、脳裏に浮かんだのはさっきのローサン殿下の顔。通信鏡の向こうで見た、その瞳の下には濃いクマが刻まれていた。
殿下は今日もきっと寝る間も惜しんで、執務をしているに違いない。
(……せめて、少しでも体を休められる薬草? そうだ、頭痛薬だけじゃなく、ラベンダーのポプリも添えよう)
ラベンダーの香りは眠りを誘い、張りつめた心をやわらげてくれる。けれど、温室にはラベンダーの花はない。咲いているのは西と南の森の境にある花畑だ。




