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リィーネ森の魔女  作者: にのまえ


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60話

 花風呂で体を温めた後、私は調合室でチョリン草を使った魔力回復の薬水を、壺でことこと煮込んでいた。この薬水は、ほかの魔力回復薬よりもはるかに効き目が強い。


(……ただし、ガラーナの飴よりも、苦くて渋いけど)


 明日は王城からルルーカの街まで大勢を転移させ、その足で村に土壁を張り、魔物を討伐する予定だ。それ以上に気がかりなのは、以前とは名が違う、魔法使いアルバートの存在。


 彼が何を仕掛けてくるかわからない。

 常に、彼からは気を張っておかなければならない。


 コン、コン、コン――

 地下にある調合室の扉が叩かれ、返事をすると兄が顔を覗かせた。


 チョリン草の匂いが苦手な兄は、手伝いを断っていたはずだ。なのに眼鏡とマスクを着け、完全防具で中へ入ってくる。


「シャーリー、手伝うよ」

「え? もう瓶詰めだけだし、無理しなくていいよ」


 明日に備えて、早く休んでほしかった。

 それでも兄は「いいから」と言い、最後まで調合室に残って手伝ってくれた。


 出来上がった飲み薬水は、合計で十本。

 魔女しか調合できないこの薬水は、売れば相当な値がつくだろう。魔力を持つ者なら、誰もが欲しがる逸品だ。


(いまでは、薬草を見つけるだけでも大変だし、作るのはもっと大変だもの)


「兄、ありがとう。助かったわ」

「おう。他に作る予定は?」


「魔力回復用のガラーナの飴と、クッキーとチョコはまだあるし……目眩ましの玉と、魔物避けの駆除玉の在庫もあるから、もう寝るわ」


 そう言って、薬水をアイテムボックスにしまった。


 ⭐︎


 兄と調合室の前で別れ、私はすぐにベッドへ潜り込んだ。魔女になってから、めったに夢を見ることは少なくなった。……けれど、明日のせいだろうか、見たくない夢を見た。


 それは九年前。


 ヤスラ村の近くの森に現れた、中型の魔物を追い払った日。両親、村の人々に化け物だと言われ、近くの迷いの森へ捨てられた、あの日の記憶。


 本来なら迷ってもしばらくすれば、すぐに出口へ出られるはずの迷いの森。けれど私は出口へと戻れなかった。


 奥へ奥へと迷い込み、魔物に追われ、泣きながら森を走り回る。夜は震えながら木の上で眠り、怖くて、寂しくて。


 どうして私が、こんな目に遭うの?

 心が叫び、壊れそうだった。


 何日も森をさまよい、お腹は空き、涙はとうに枯れ果て、ぼろぼろの状態で辿り着いたのがリィーネの森。そこで魔女の母とフェンリルの父、魔獣の兄に出会い、助けられた。


 優しい家族に出会えた、けれど、捨てられた記憶は消えず。笑うことも、泣くこともできなかった、壊れかけの私。


 そのときの気持ちが胸を締めつけ、はっと目が覚めた。頬が濡れている。どうやら眠りながら、泣いていたらしい。


 このままでは、父や兄に声が聞こえてしまう。私は杖を取り出し、魔法でもの音を消してホウキに乗り、家から離れた湖のそばへ降り立った。草むらに座り、膝を抱える。


 怖い夢を見た夜は、いつもここで一人で泣いていた。ここなら、誰にも聞こえないと思っていたから。


「……もうあのときの夢を、見ないと思ってたのに。見ても、平気だと思ってたのに」


 あの日の記憶は、いまでも私の心を締めつける。明日は私が中心になって魔物討伐に動く。たくさんの人の命がかかっていて、ドラゴン夫婦の卵も探さなければならない。


 母がいなくても父、兄と穏やかで、楽しい魔女生活ができると思っていた。でも現実は想像以上に大変で、魔力が多いと言われても、使い続ければ回復は追いつかない。


(……魔力の回復が、間に合わない)


 しばらく湖畔でぼんやりして、涙が乾いてきた。そろそろ戻ろうと立ち上がった、その背後に魔獣の姿をした兄がいた。


「シャーリー、泣いているのか?」

「え……どうしてそれを?」


 誰にも気づかれていないと思っていたのに。


「すまんな。俺たちの耳は、音消しの魔法が効かない。小さな音でも拾ってしまう」


「……音を消す魔法が、効かない?」


 ということは――

 兄も父も、昔から私がここで泣いていたことを知っていた。


「うそ……」

「また怖い夢を見たのか? 一緒に寝るか?」


 その言葉に、胸がきゅっとなる。


「それは嬉しいけど恥ずかしい。……あ、いまの、聞かなかったことにして」


「俺は気にしないぞ」

「……そうなの? 兄がいいなら一緒に寝る」


 ふっと笑い兄が近づき、頬に残る涙を、頬ずりでそっと拭った。それは、子供のときになく私によくした兄の行動、いまはそれが恥ずかしくて、私はそっぽを向き赤くなった頬を隠す。


「ほら、乗れ。ちゃんと寝ないと明日が大変だ」

「うん……ありがとう」


「礼なんていらない。俺は、おまえの使い魔だからな」


 使役され、常に寄り添う存在。

 母も、父も愛している。父も、母を大切に想っている。振られた私には難しいけど、今は、甘えてもいいよね。


 この夜、最も眠れなかったのは、兄のヴォルフだったことを、シャーリーはまだ知らない。


(俺がいいと言ったんだ。シャーリーは安心して眠っている。落ち着け……落ち着くんだ……!)


 可愛い寝顔に耐えきれず、もふもふの腕にくっついて眠るシャーリーの唇へ、ヴォルフはそっと口を寄せた。

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