59話
兄を背に乗せ、私はホウキで夜空へと舞い上がる。ドラゴン夫婦が待つ空を目指し、高度を上げていくと、上から低く響く声が降ってきた。
「こっちだ、魔女」
声の方へ顔を向けた瞬間、月夜を背に、真っ黒なドラゴンが二体、悠然と空を舞っていた。月明かりを受けて鈍く光る、頑丈そうな鱗。圧倒的な存在感と威圧、鋭く光る赤い瞳。
物語の中の存在とはまるで違う。
これが、本物のドラゴンだ。
(……すごい。それしか言えない)
その感想は、どうやら後ろの兄も同じだったようだ。
「すげぇな……ダンジョンの奥にいるドラゴンとは、比べものにならない。圧と迫力が段違いだ」
興奮を隠せない兄の声に、私は黙って頷いた。
「ええ。本音を言えば、もう少し近くで見たいけれど……羽ばたきの風圧で、吹き飛ばされてしまう」
彼らの羽が生む風が届かない距離を保ち、私たちは空に留まっている。
「お二人に、お昼と夕飯を渡したいのだけど、これ以上近づけないです」
「ん? そうか。なら、少し待っていろ」
「ええ、待っていてね」
ドラゴン夫婦がそう告げると、何かを唱え始めた。次の瞬間、二体の額に魔法陣が浮かび上がり、下で見た思念体の姿に、人型へと変化した。
先ほど森で見た淡い思念体とは違う。近寄ることをためらわせる、重厚な威圧感がそこにあった。さすが、古代から生きるドラゴンだ。
奥さんのスルルが近づいてくる。私は、今日のお昼に作ったカツサンドと、先ほど作った夕飯の肉団子入りミートスパゲッティを差し出した。
彼女はそれを嬉しそうに受け取り、まず香りを楽しむように目を細める。
「とてもいい香りね。後でいただくわ。それから、これはバーヤカと私からの贈り物よ。きっと明日、卵を探すのに役立つはず」
そう言って渡されたのは、黒く艶やかな鱗が二枚。
「ありがとうございます。明日は必ず、卵を見つけます」
「シャーリーと俺に任せてください」
兄と並んで頷き、手をドラゴン夫婦に振って森へ戻る。
地上では、父が五人前の肉団子入りミートスパゲッティを平らげており、魔王は何か言いたげな様子で待っていた。
「魔女。二人から、貴重な鱗をもらったのだな。それを持って近づけば、卵の場所を教えてくれるだろう」
「はい。ドラゴン夫婦も同じことを言っていました。魔王、食べ終わったらこの国の地図を出しますので、卵の場所を教えてください」
「ああ、ゆっくり食べてからな」
そう言われたものの、魔王と私たちは肉団子入りミートスパゲッティを、あっという間にぺろりと平らげてしまった。
それでもまだ少し物足りなくて、私はみんなの紅茶を淹れ、少し前に作っておいたパウンドケーキとガトーショコラを持ってきて、テーブルに並べた。
それをつまみながら、アイテムボックスから複製した地図を取り出す。
「魔王……卵の場所を教えてください」
一瞬、魔王が「まだ食べるのか」とでも言いたげな目を向けたが、広げた地図を覗き込み、ここだと指をさした。なんと、指差ししたのはヤスラ村のある場所。
そこは、私が一番行きたくない村だ。
だけど、そんなことを言ってはいられない。彼らに、卵を見つけると約束したのだ。
「そうですか。ここに、卵があるんですね」
「ああ。細かな場所までは分からないが、確かにそこだ」
「ありがとうございます。明日はその村を、くまなく探します。片付けが終わったら、お風呂の準備をしますね」
今日は疲れがよく取れて、入浴時に花が咲く、見た目もいい花風呂にしよう。




