54話
森から転移魔法で、王城の庭園へと降り立った。前回は依頼された薬を届けに来たが、今回は違う。彼の部屋を訪ねる必要はなかった。
私は近くを歩いていたメイドに声をかける。
魔女の来訪はすでに伝えられていたのだろう、彼女は驚く様子もなく、丁寧に頭を下げると巡回中の騎士に声をかけた。
「騎士様、魔女様が到着されました」
「承知した。ありがとう」
騎士はそう応じると、こちらへ向き直る。
「魔女様、ローサン殿下がお待ちです。これよりご案内いたします」
胸に手を当てて一礼した騎士の後について、兄とともに歩き出す。案内された先は、以前にも訪れた書庫だった。
書庫の前に立つと、騎士は警備の騎士に向かって頭を下げる。
「魔女様をお連れしました」
「ご案内、感謝する。魔女様、殿下は中でお待ちです」
警備騎士は同じように、胸に手を当て一礼すると、重厚な扉を押し開け、私の到着を中へと告げた。
中が前回とは様子が違っていた。書庫の中央には長いテーブルが据えられ、その奥、正面の席にローサン殿下が腰掛けている。殿下の左手側には鎧を身につけた騎士が二人、無言で並んで座っていた。
そのテーブルの中央には、大陸全体を描いた地図が広げられ、いくつもの蝋燭台に火が灯り辺りを照らしている。揺れる蝋燭の火が地図の上に影を落とし、書庫の静けさをいっそう際立たせていた。
私はテーブルへと歩み寄り、杖を手にしたまま頭を下げる。
「ローサン殿下、ごきげんよう」
「おお魔女、来てくれたのかありがとう。そこに座ってくれ」
促され、兄と並んで騎士たちの向かい側に腰を下ろす。目の前の騎士たちが立ち上がり、視線がこちらへと向けられ、名乗ろうしたそのときだった。
バタバタと足音を立て、後ろで束ねた真っ白な長い髪を揺らし、黒いローブの男が慌てて書庫の中へ入ってきた。
「すみません、遅れました」
彼を見て殿下と騎士達がため息をつく。
「また遅刻か。遅いぞ、アルバート」
「時間を守れといっているだろう!」
「君はいつも遅刻だねぇ」
「ほんと、すみません」
頭に手を置いてぺこぺこと頭を下げ、そして顔を上げた。その男の、くすんだ青い目と視線が合った瞬間、ぞくりと背筋に寒気が走った。
私は思わず、隣に座る兄の陰に隠れるように身をすくめる。兄はすぐに私の異変を察し、今回は念話ではなく、契約した使い魔と魔女だけが用いる《語り合い》で声をかけてきた。
〈少し魔力を使うが、こっちなら殿下には気づかれない。シャーリー、どうした〉
〈……見た目は少し違う。でも、この魔力……間違いない。令嬢の部屋にいた魔法使いと同じ〉
そう、今、書庫に現れたローブ姿の男は。
あの日、偵察鳥で見た令嬢の部屋にいた男。そう「また会いましょう」と、白い彼岸花を置いていった君の悪い魔法使いだ。




