48話
長年生きてきたキョン父にとっては他愛のない会話なのだろうが、私には話があまりに壮大すぎて、正直ついていけなかった。理解が追いつかない、というのが本音だ。
それは兄も同じらしく、黒もこの魔王も黙ったまま、じっと互いを見つめている。
(母が魔女会に出てから……色々ありすぎじゃない?)
いや、私に見せていなかっただけで、母は以前から水面下で動いていたのかもしれない。そう思わされるだけの事実がある。第一王子殿下のための栄養剤が、十年分も納品されていたのだ。
だから伯爵令嬢の分もまかなえる、とローサン殿下からは、ほかの薬の納品書と一緒に手紙が届いた。
「キョン、ここで話していても埒が明かん。バーヤカとスルルをここへ呼んで、直接話を聞くか」
「そうするか。だが、どうやって呼ぶ?」
父と魔王は、ドラゴンを呼ぶと言い出した。
待て待て。ドラゴンを二体もここに呼べるの?
ドラゴンを実際に見たことのない私は、本の中でしかその大きさを知らず、思わず焦った。
「余がどちらかの魔力をたどり、呼びかける。ここへは思念体を呼べばよいだろう」
「ガイ、そんな小さな体で出来るのか?」
黒もこの魔王の体は小さく、父がそう思うのも無理はない。だが魔王は胸を張り、ニヤリと笑った。
「だてに祠の中で、のんびりしていたわけではない。こんな日のためにと、日々魔力を溜め込んでいた」
琥珀色の瞳が、きらりと光る。
魔王は大きく息を吸い込み、おびただしい量の真っ黒な魔力を放出した。
「ガイっ!? 待て……お前が身にまとう瘴気まで出ているぞ! シャーリー、ヴォルフ! 障壁を張る、中に入れ!」
父が展開した障壁の中へ入り、私は思わず安堵の息を吐いた。
瘴気。書物によれば、汚染された土地や水、空気から発生する有毒な霧や気体。人を病にし、魔物を生み出す現象、あるいは物質。
これは、彼が魔王である証だ。
黒もこがリィーネ森を抜け、世に出てしまえば、この大地は瘴気に覆われるだろう。
その瘴気を浄化するのが聖女。
かつて魔王を倒し、封じた当時の聖女は浄化の旅に出て、すべてを終えると姿を消したと、そう記されていた。
(いま、この国に浄化ができる聖女はいない。でも、魔王の首には首輪と楔がある。彼は、ここからは出られない)
魔女リィーネは、それを見越していたのだろうか。それとも、ただ使い魔にしたかっただけなのか。それは本人に聞かなければわからない。
(……まあ、結果的にはよかったのかな?)
「おーい、いたいた。キョン、二人ともこの空の上で見つけたぞ」
「はぁ? リィーネ森の上にいるのか!」
父と私、そして兄は揃って空を見上げた。
遥か上空を、黒い影が二体、ゆっくりと旋回している。
「どうやら、余の魔力をたどってやってきたようだ。いまは思念体だけを呼んだ。すぐに来るだろう」
魔王がそう言い終えたその直後、私たちの目の前の空間が揺らぎ、ドラゴンの思念体が姿を現した。




