44話
兄と一緒に冒険者ギルドへ納品に向かう途中、私の体は小刻みに震えていた。
まさかこのルルーカの街で、村の人間に会うなんて思ってもいなかった。年月も経っているし、私だと気づくはずがない。そう思い込もうとしても、不安は消えなかった。
〈シャーリー、大丈夫か? さっきのやつ、ずっとついてきてる〉
〈ええ……。でも彼も冒険者みたいだし、きっとギルドに用があるだけだよ〉
振り向かず、できる限り平静を装う。
ギルドの受付で挨拶を交わし、アイテムボックスを開いて、いつもの依頼分と緊急依頼分の薬草を納品した。
やはり風邪が広がっているのだろう。今日は冒険者の数が少なく感じる。それなら早く森へ戻り、王家への依頼分も用意したほうがよさそうだ。
「魔女様。いつもの依頼に加え、緊急依頼まで受けていただき、本当に助かります」
「いいえ。熱冷ましの薬草が足りなくなったら、いつでも依頼紙を飛ばしてください」
納品を終えてギルドを後にする。
ヤスラ村の青年マサトは、ギルドの入り口に立ったまま、こちらを見ているだけで話しかけてはこなかった。
〈兄、納品は終わったけど、どこか寄って帰る?〉
〈いや、今日はいい。すぐ森に戻ろう。熱冷ましの薬を調合しなければならない〉
〈そうね。数本作ったら、すぐ王家へ送ろう〉
リィーネの森以外は、もうすぐ初夏を迎える。暑くなれば、殿下たちは避暑地の別荘へ向かうだろう。常備薬以外の薬も、早めに納品しておいたほうがいい。
(避暑地に届けるには、別の配達魔法が必要なのよね……魔法式も少し複雑だし)
面倒ごとは、先に片づけておくに限る。
〈シャーリー、あいつ……ついてきてるぞ〉
〈……王家の人間以外に、転移魔法を見られるのは避けたいわ。次の角を右に曲がったら、姿消しの魔法を使う〉
そう告げ、角を曲がった瞬間に魔法を発動する。追ってきていた青年は、突然私たちの姿が消えたことに気づき、焦った様子で辺りを見回した。
「チッ……どこへ行った、ルチア? あいつが生きていたなんて好都合だ。捕まえて、村のいけにえにしてやればいい」
(……生贄?)
「面倒だが、ここまで仕事を探しに来た甲斐があったな。早く帰って、村長に知らせないと」
青年はしばらく周囲を探したが、諦めたように踵を返して去っていった。
「……はぁ? シャーリーを魔物の生贄だと? 何年も前に国が禁止したことを、まだやっているのか! あいつ、消してやろうか!」
「兄、落ち着いて! 魔獣の力が漏れてる……まだ捕まってないんだから!」
青年の後を追おうとする兄の手を、慌てて掴む。ここは北地方。王都から遠い小さな村だ。もしかしたら、禁止されたこと自体を知らないのかもしれない。
それとも。
(他の小さな村でも、まだ生贄が……?)
「兄、新たな犠牲者が出る前に、早く王家に伝えよう」
その言葉に、兄は悔しそうに歯を食いしばりながらも頷いた。私たちはすぐに森へ転移し、真っ先に父へ報告する。
「……なに?」
鋭い目と、地を這うような低い声。
その瞬間、兄と私は同時に肩を震わせた。
「クソ人間どもが……! 八年前に娘を捨てておいて、今度は生贄にするだと? 許さん……そんな村、潰したほうが早い! 今すぐ、叩き潰してやる!」
「ちょ、ちょっと待って父!」
「キョン様、落ち着いてください!」
怒りに呼応して魔力が溢れ出し、魔法結界に守られたリィーネの森が、低く揺れた。フェンリルの父を、私たちは必死で止めた。




