43話
ローサン殿下に書庫へ呼ばれ、さまざまな出来事があった日から二日後。私は兄と共にルルーカ街の冒険者ギルドへ、薬草の納品に来ていた。
当初、依頼されていた薬草に加え、新たにランコフ草の納品依頼が追加された。この薬草は、煎じて飲めば熱を下げる効果がある。
どうやら最近、ルルーカ街だけでなく周辺の街でも風邪が流行しているらしい。特に子供や年寄りは重症化しやすく、各地から熱冷まし用の薬草の依頼が殺到している。
そのため冒険者ギルドから至急、ランコフ草を百束納品してほしいという、大口の依頼が入った。
(もちろん、王家からも熱冷ましの薬の依頼が来ている)
この納品が終わり次第、すぐに薬を調合し、早ければ明日には納品を済ませる予定。私は兄と並んで、冒険者ギルドへと向かっていた。
――そのとき。
私の手に、誰かが触れようとした。
だが、次の瞬間、兄の腕が伸び、その手を強く払いのける。
「おい! 魔女に何をする? お前は誰だ!」
兄は私を背にかばい、相手を睨みつけた。
そこに立っていたのは、冒険者風の装いをした茶髪の青年。まったく見覚えのない人だった。
「なぁ、ルチア……。おまえ、ルチアだろう?」
「……ルチア、だと?」
青年が口にした名前に、胸が強く騒つく。
その名は、とうの昔に捨てた私のかつての名前。その名前を、どうしてこの男が知っている。
一人の青年が、魔女と揉めているとあって、周囲に人だかりができ始めた。できるだけ目立つのは避けたい。私は兄の背後から静かに告げた。
「すみません。あなたがどこの誰かは存じませんが、人違いだと思います。私はリィーネ森の魔女、シャーリーです」
「違う! その髪とそばかすはルチアだろ? ヤスラ村の……幼馴染のマサトだよ!」
「ヤスラ村? 幼馴染?」
思わず眉が寄った。
「いいえ。魔女の私に使い魔はいても……幼馴染はおりません」
震えそうになる手をぎゅっと握りしめ、感情を押し殺して青年を見つめ返した。だが、彼は一歩も引かず、何度も何度も私を「ルチア」と呼んだ。
(……戻れない)
魔女となった私は、人のルチアには戻れない。戻りたくない。
魔力量が多いというだけで化け物だと罵り、十歳の私を迷いの森に捨てた人たちのもとへ、帰りたいなどと思うはずもない。
「おい!」
兄が低く言い放つ。
「お前が、誰と勘違いしているのか知らないが、迷惑だ。シャーリー、行くぞ」
「ええ。兄、行きましょう」
私は一度だけ、青年に視線を向けた。
「マサトさん。あなたの幼馴染のルチアさんではなくて……ごめんなさいね」
それ以上、彼の声を聞くことはなかった。
私は兄と共に背を向け、冒険者ギルドへと足を進めた。




