42話
あたりはすでに日が暮れ、闇に包まれていた。魔力が足りなくて、転移先が少しずれてしまい、家から離れた場所に出てしまった。
兄は辺りを確かめて、すぐライト魔法で淡い灯りをあたりに出した。その灯りを頼りに家へと戻っている。
「……ふうっ、疲れたぁ。兄、ごめんね。魔力が足りなくて、転移場所が家からずれちゃった」
「いいって、シャーリー。もう気にするな」
「うん、ありがとう。それと……今日の夕飯、お肉を焼くだけでいいかなぁ」
「ああ、色々あって疲れているし、それでいいと思うぞ。その前に、キョン様に今日のことを伝えないとな」
「そうだね」
家の外、いつもより少し離れた場所で父が帰りを待っていた。転移場所がずれたことに気づいて、迎えに来ようとしていたのかもしれない。
「遅かったな。何かあったのか? シャーリー、ヴォルフ」
「そうなの。父、聞いてよ」
今日の出来事を、私は父に詳しく説明した。
終始黙って話を聞いていた父は、最後にゆっくりとうなずき、よくやったと言うように私の頬に頬擦りをしてくれる。
「王家の人助けをしたのか。なかなか大変だったな」
「ほんと、大変だったよ。目の前に現れた女性が幽霊だと思ったら、第一王子殿下を想う令嬢だったし、変な魔法使いに気に入られちゃうし」
「……なに? 変な魔法使いに気に入られただと?」
“変な魔法使い”という言葉に、父の目が鋭くなる。
「そうなの。令嬢の“愛”を研究してる人だったんだけど、魔女を見て興味がこっちに向いたみたい。また会いましょうって、白い彼岸花まで置いていったの」
彼岸花と聞いた瞬間、キョン父の目がさらに据わった。父はしばらく黙り込み、大きくため息をつく。
「シャーリー、そいつの容姿は?」
「容姿? えっと……白くて長い髪に、くすんだ青い目だったかなぁ」
「白髪にくすんだ目……そいつ、数年前にリシャンに言い寄ってきたやつだ。今度は娘か!」
突然、怒気を含んだ声が上がる。
父の話によると、その魔法使いは母にも言い寄っていたらしい。よほど魔女が好きなのか、それとも純粋に、研究対象として興味があるのか。
(魔女にも似たような話はあるし……魔力を持つ者の性質なのかもしれない)
「大丈夫だよ、あの男がいくら執着してきても、この森までは来ないと思う。父、兄もいるもの。私、夕飯とお風呂の準備をしてくるね」
「待てシャーリー、俺も手伝うよ」
手伝うと言った兄にはお風呂を沸かしてもらい、私はキッチンで肉を焼く。
ソースは母が作ってくれた特製のニンニクソースと、おろし玉ねぎのソース。あとは残っていたパンを軽く焼いて、スープ、サラダも作って。
キッチンで慌しく動いていると、
「お風呂にお湯、張ってきたぞ。他に何かすることあるか?」
そう言って兄が戻ってきたので、私はお肉を焼くのを手伝ってもらうことにした。
しばらくして焼き上がった肉を皿に盛り、外で待っている父のもとへ運ぶ。そのテーブルに焼きたてのステーキとサラダ、温かいスープ、焼いたパンを並べる。
「あ、そうだお湯! お風呂見てくるから、先に食べてて」
「ああ、いただきます」
「いただきます」
こうして、少し遅い夕飯が始まった。
⭐︎
皆が寝静まった夜。兄・ヴォルフは魔獣の姿へと戻り、春の森を駆けていた。
(クソッ……イライラする)
荒く息を吐き、地を蹴る足に自然と力がこもる。機嫌が悪い理由は、自分だけが知っているシャーリーのあの傷。
あの傷の原因に、自分も関わっている。
あれは自分の力が弱かったせいで、自分が“強さ”を求め、旅に出ることを決めた理由でもあった。
「あの傷は俺だけが知ってる、俺だけの傷だ……! あいつには見せたくなかった」
可愛いシャーリーを、誰にも渡したくない。
守るべき存在を、独り占めしたい。
「あいつと一緒に転移魔法だぁ? シャーリーとホウキに乗るのも許せねぇ!」
森の奥ですべて吐き出す。その想いは重く、ヴォルフの独占欲として、静かに滲み出ていた。




