39話
ローサン殿下の説明を聞き終えた彼女は、ひどく驚いた様子で目を見開いた。
「私が幽霊になって、シャーロック様に会いに行っていた? 嘘、そんなことがあったなんて」
無理もない。まさか自分が霊となり、遠く離れた王都、それも王城で第一王子殿下に会いに行っていたなど、思いもよらなかっただろう。
「ほんとうなんだ。それで姉様の両親から、君を診察している魔法使いがいると聞いた。その魔法使いとは、どうやって知り合った?」
「ま、魔法使いですか? キーシャは学園に通っていた頃、父が雇ってくれていた魔法使いです」
その魔法使いは、落ち込む令嬢に一緒になれなくても、夢の中なら会えますよ、と言ってお香を渡した。令嬢はお香を焚き、夢の中で第一王子殿下に会っていた。
「ローサン様。あの私は、その、婚約者がまだいないのに。彼に婚約者ができたから会えない、と嘘をつきました」
「なに? 姉様に婚約者がいないだと? なぜそんな嘘を? 兄上と姉様は愛し合っていたはずだ。それなのに、どうして嘘をついた?」
「仕方がないじゃない。私は学もなく、見た目だって綺麗じゃない。そんな私が、王妃になれるはずがありません。なれる自信が……ないのです」
琥珀色の目に涙を溜め、白銀の髪を震わせながら語る令嬢。私から見れば、十分すぎるほど美しい。だって、ぼさぼさの髪でもなければ、そばかすだってない。ましてや手荒れだってしていない。
「おかしなことを言うな、姉様は綺麗だ。シャーロック兄上はただそばにいてほしいと、姉様がいると心が安らぐと、そう言っていました」
殿下の必死の言葉にも、彼女は首を振り、「でも……でも……」と、ぽろぽろ涙をこぼす。
私には身分だとか王妃だとか、正直よくわからない。もしかすると、第一王子殿下の婚約者候補たちに何か酷い言葉を投げかけられたのかもしれない。
(ローサン殿下の婚約者候補の令嬢たち……すごく、怖いもの)
きつい言葉に心を痛め、嘘をついて第一王子殿下のそばにいることを諦めた彼女は、あの魔法使いの言葉を信じた。せめて、夢の中だけでも会いたい、と。
だが、夢で会う日々の中で彼女の魔力は尽きていき、やがて第一王子殿下の生気を吸い、彼もまた眠りについた。
――昔、母の書庫で読んだことがある。これは、生霊、だろうか。
彼女の強い想い、愛が、魔法使いの術によって、王城にいる第一王子殿下のもとへ生霊を飛ばした。
(それがほんとうなら……あの魔法使いはどんな魔法を使ったのだろう? そして、この令嬢の“愛”なんて興味深い)
探究心が心をざわめかすが、あの魔法使いの目、くすんだ目を思い浮かべた私はぶんぶんと首を振った。そのとき、見回りを終えた兄が戻ってきた。
〈シャーリー、戻ったぞ。この屋敷の周りに、怪しい魔法の痕跡はなかった〉
〈よかった、ありがとう。ねえ兄……人を想う気持ちって、こんなにも重くて綺麗なんだね〉
令嬢が第一王子殿下を深く思い、流す涙が、私にはきらきらと輝いて見えた。
〈はぁ? 思いなんて人それぞれだろ。ねっとりしたのもあれば、さっぱりしたのもある。だが、どれも愛だ。自分に合った愛し方がある〉
〈自分に合った……愛〉
〈そうだな、魔女。僕も愛はたくさんあると思う。その中で相手を思って、言えない愛というのは……つらいものだ〉
――相手を思って、言えない愛?
その言葉が胸に静かに落ちた。兄のことは好きだけれど、二度と口にしないと決めた。それがきっと母が戻るまでの間、いちばん良い関係でいられる方法だから。
そう、それでいい。
〈シャーリー、ところで……あの白い彼岸花は誰が置いたんだ? あの花の花言葉を知ってるか?〉
ベッド横のテーブルの上、お香の横に添えられた白い彼岸花。
〈知ってるよ。多分、置いたのはあの魔法使いだと思う。「また会いましょう」って、私に言っているのかも。でも……私の行動範囲は狭いから、会うことはないと思う〉
王城と、冒険者ギルドがあるルルーカ街。
それ以外は、ほとんど森で過ごしている。しかも、リィーネの森へ来るには迷いの森を越えなければならない。
(森には、母の魔法がかかっているし、簡単には抜けられないはず)
兄はこくこくとうなずいた。
〈ああ。それに、森には俺とキョン様もいる。そう簡単に近づけはしない〉
私と兄は殿下と令嬢を見守りながら、静かにたわいない話を続けていた。ローサン殿下は必死に、令嬢へと言葉を投げかける。
「一度でいい、兄上に会ってくれないか? 二人できちんと話してほしい。このままでは……二人とも、消えてしまう」
二人を大切に想うからこその、必死の言葉だ。令嬢もその言葉に頷く。
「……はい、ローサン様わかりました。明日、王城へ向かいます。シャーロック様と話します」
「いや、僕が明日の早朝に迎えに行く。その……姉様の、痩せ細ってしまった体が、心配だ」
どうやら明日、第一王子殿下とローラ嬢、ふたりは会って話すらしい。ならこれ以上は、部外者の私たちが関わるべきではない。
〈殿下、先に外へ行っていますね。兄、行こう〉
念話でそう告げ、私は兄とともに静かに部屋を後にした。




