3話
リィーネの森の中央に一軒だけある、平屋建ての家の裏にある温室。私は日課の薬草の手入れをしていた。
「はぁ〜。森の森護りだって、冒険者ギルドへの納品も大変なのに、王家の薬師なんて私には荷が重すぎる。頼まれた薬は調合できるけど、話し方、礼儀が大変なんだよ」
薬草に魔法で、水をやりながらつぶやく。
「特に大変なのが、月一の納品後の国王陛下や王妃様、王子殿下とのお茶会……ケーキと紅茶は美味しいけど。毎回緊張して手が震えちゃう」
忙しいとお断りしたいけど。父の話によれば、リシャン母もお茶会に呼ばれ、毎回参加していたと聞いたから、私だけ断るわけにはいかない。
「優しい陛下と王妃は好きだけど……」
この前の納品後、にこやかな国王夫妻と殿下に。
『前の魔女さんの時もそうだったけど、シャーリーちゃんの作る薬はよく効くわね』
『ああ、余と王妃の腰痛を一発で治した。感謝しておるぞ。数種類の解毒薬も実にありがたい』
『ええ、魔女の薬には感謝いています』
さんざん褒めてくれた。それは、スカロード国は魔女を“異端”ではなく“天の贈り物”として大切にしてくれる国。だからこそ、褒められるのは嬉しいけれど、慣れていなくてすごく照れてしまう。
――ウヘヘっとか、変な笑い方しちゃいそう。
⭐︎
調合した薬を褒めてもらえるのは嬉しい。優しくされるのも、もちろん好きだ。
「……可愛いなんて言われたら、困っちゃうんだけど」
にやけそうになる頬を指で押さえつつ、薬草の葉を一枚ずつ確認していると、温室の奥から父の声が飛んできた。
「シャーリー、浮かれすぎだぞ。そんな暇があるなら、ギルド納品の採取は終わっているんだろうな?」
「……ギルドの納品? あ、しまった! まだ終わってません! 父、思い出させてくれてありがとう!」
慌てて棚から納品帳を引っ張り出し、ぱらぱらとめくる。今日の納品薬草はシャーロ草。
シャーロ草は。青い実をつける薬草で、その果肉をすり潰してペーストにすれば、虫刺されや軽い炎症に効果がある。魔法水でペーストを薄めて、液状にしても効能は変わらない、使い勝手のいい薬草。
「うーん。シャーロ草は温室のどこにあったっけ……って、あれ? これ、図鑑でしか見たことがなかったチルル草じゃない?」
視線の端でふわりと揺れた白い綿毛。温室の片隅に、雪のような綿毛をつけた小さな薬草、チルル種を見つけた。
この薬草は、魔力回復薬を作れる貴重な薬草だ。
温室に珍しいチルル草があるなら、ほかにも希少種が紛れ込んでいる可能性が高い。そう思って周囲を見回すが。
――広い。広すぎる。
外から見れば小屋ほどの大きさなのに、扉をくぐれば、リシャン母の空間拡張魔法のおかげで、まるで森の一角。
そのうえ、母の“薬草鑑定力を鍛える”という方針により、薬草は種類も場所もバラバラに植えられている。
薬草を探すのは大変だけど。葉脈の形、茎の色、香りの違い。多くの薬草を覚えれた。
(……よし、シャーロ草を見つけるぞ!)




