37話
ローサン殿下が用意してくれた料理のおかげで、お腹も満たされ、体の奥で魔力が満ちていくのを感じる。私は杖を取り出した。
けれど、書庫で魔法を使うには少し手狭だ。少し考えてから、庭園へ移動することに決める。
〈殿下、兄、ここでは狭くて、魔法は使えません。庭に移動しましょう〉
〈ああ、わかった〉
〈シャーリー、行く前にガーラナ草の飴を数個食べろ〉
〈ええ!? 本気で言っているんですか!〉
兄は冗談のつもりなど微塵もないらしく、ガーラナ飴の入った瓶を無言で差し出してきた。……これは兄が「殿下は自分が送る」と言った提案を遮って、私が転移魔法を使うと言ったせいだろう。
(兄なりの心配だと思うけど)
さあ食べろ、と言わんばかりの圧が強い。観念して瓶に手を伸ばし、飴を数個つまみ取って口へ放り込んだ。すぐ口の中に広がるガーラナ飴の苦味。
「……っ、苦い」
「我慢しろ。これから使う転移魔法は、いつもの慣れた王城内への転移じゃない。俺も初めてのことだ。すぐに対応できるとは限らん」
――そうだ。今回は二人きりじゃない。
ローサン殿下がいる。
「うん。わかってるよ……」
あまりの苦さに、思わず目に涙が滲む。
このガーラナ飴、少しでも食べやすくしようと果物の果汁や蜂蜜、砂糖まで試してきた。それでも結局、ガーラナ草特有の苦味がすべてを押しのけて主張してくる。
(一応、前よりはマシになったはずだけど。やっぱり、苦いものは苦い)
「魔女。こちらに戻ったら、たくさんケーキを用意させよう」
「ケーキ! 嬉しい、ありがとうございます。では、これから集中いたします。二人とも、私のそばから離れないでください。これ以降の会話は念話で」
二人がうなずくのを確認し、私は杖を握りしめて意識を研ぎ澄ます。いまから転移する場所はアーラス地方西部、マトローナ伯爵家。偵察鳥の魔力を辿る。
〈よかった、偵察鳥を見つけられた……。周囲に、あの魔法使いの魔力を感じないから、いないみたい〉
魔法使いの男から逃げるとき、偵察鳥を部屋から出して、令嬢の窓から見える木にとまらせた。私はその鳥を地面へと降ろし、転移魔法を展開する。
〈ローサン殿下、兄。いまから転移魔法を発動します。私のどこでもいいので掴んで、決して離さないでください〉
〈おう〉
〈どこでもいいのか〉
殿下と兄がそれぞれローブを掴んだ「《転移魔法》」その足元に転移魔法陣が浮かび上がる。次の瞬間、私たちは一瞬にしてアーラス地方西部にある、マトローナ伯爵家の庭へと転移した。




