36話
兄の大きなため息と同時に、額を軽くデコピンされた。私の体調を気遣ってくれるのは素直に嬉しい。けれど、兄の背中に殿下を乗せる案だけは、どうしても許せなかった。
「仕方がない、移動はシャーリーの転移魔法だ。その前に、たんと休息と回復しろ」
「うん、わかった。殿下、ここの料理を食べてもいいですか?」
テーブルに並ぶ料理を指差して尋ねると、殿下は優しく微笑み「ああ」と頷いた。
「その料理は魔女のために用意したものだ、遠慮なく食べてくれ。それと……すまないが、僕はしばらく城を離れることと、父上にこの件を報告してくる」
そう言い残し、ローサン殿下は書庫を出ていった。彼は第二王子殿下という立場上、勝手な行動は許されないのだろう。そして、第一王子殿下のこともある。国王陛下への報告は避けて通れない。
「兄、ローサン殿下が戻ってくる前に、ここの料理を食べよう」
「そうだな。このあと転移魔法で、魔力をバカスカ使うんだ。シャーリーはしっかり食べろ」
そう言うなり、兄はサンドイッチを掴んで、私の口へ押し込んできた。
「もぐぐ……自分で食べるよ」
抗議しつつもテーブルにつき、大人しく食べ始める。すると隣に腰を下ろした兄が、じっと私の顔を見てきて――
〈なぁ、シャーリー。令嬢の部屋にいた、魔法使いの顔は見ていないのか?〉
と殿下が書庫を出たすぐ聞いた。念話はこの部屋にいる時にしか聞こえない。どうやら、この話をローサン殿下には聞かせたくなかったようだ。それはそうかも、変に首を突っ込んで怪我をされると、こちらが困る。
〈見たよ。えっと……真っ白な長い髪に、真っ黒なローブの奥から、濁った青い目が見えたくらいかな。身長は高そうで、兄より少し細身だった〉
〈細身? ずいぶんしっかり見たんだな〉
〈だってその魔法使いが、偵察鳥のすぐ目の前まで来たんだもの。嫌でも見えたよ。歳は……私と兄より、少し上くらいかな〉
〈少し上か。若いな〉
お肉のサンドイッチを頬張りながら、こくりとうなずく。若いとは思うけれど……どこか病んでいるようにも見えた。目の下には濃いクマがあったし。
令嬢の部屋へ行けば、あの魔法使いはまだいるかもしれない。今度は兄が一緒だから大丈夫だと思うけれど、殿下も同行する以上、怪我をさせるわけにはいかない。
しばらくして、陛下への報告を終えた殿下が戻ってきた。手には、ケーキがいくつも乗った皿を持っている。
「戻るついでに厨房に寄ってきた。ケーキももらってきたが……魔女、まだ入るだろう?」
「あ、ありがとうございます」
すでに用意されていた料理は、すべて平らげたあとだった。空になった皿ばかりのテーブルを見渡し、殿下はわずかに目を見開いたあと、柔らかく微笑む。
「いい食べっぷりだ。足りなければ、遠慮なく言いなさい」
「いいえ、このケーキだけで大丈夫です。かなり魔力が回復しましたので、転移魔法を発動できます」
そう言って、ケーキもぺろりと平らげた。




