22話
「前の魔女は、転移魔法以外の魔法を見せてくれなかったけれど……やっぱり魔法はすごいな。僕も、習うだけじゃなくて、実際に使ってみたい」
ローサン殿下は、どこか悲しそうな目をしていた。
毎日執務に追われ、十七歳になった今も、本来なら通うはずの学園に通えない。そのことを思っているのだろうか。
母はさまざまな研究を重ねたが、第一王子殿下のご病気は治せなかった。今もなお眠り続けていると聞く、第一王子殿下。
(母は「魔女も完璧ではない」と言っていた。私が診ても分からないかもしれないけれど……一度、お会いしてみようかな)
第一王子殿下にお会いしたい、と殿下に伝えようとしたそのとき。殿下の側近が書庫に現れ、ローサン殿下に小声で何かを告げた。
殿下は頷き、そっと私の手を離す。
「魔女、使い魔のヴォルフ。急な来客があってね。一時間ほど、ここを離れることになる。すまない」
そう言って、「ゆっくり読んでいて」と残し、面会へ向かっていった。私はその背中を見送り、テーブルに母・リシャンが書いた本を置くと、杖を取り出して母を呼び出した。
本の上に、呼び出しに応じた母の姿が現れる。
「『おはよう。みんな次々に呼び出されていたから、次は私だと思っていたわ。シャーリー、ヴォルフ、元気にしてた?』」
「『母、おはようございます。私も兄も、父も元気です。本を読む許可と、それから少しお話をお願いできますか?』」
「『魔女シャーリーに本を読む許可を出します。私の書いた本を好きにしていいわ。それで、話って何かしら?』」
立ち話は疲れるからと、私は椅子を取り出して腰を下ろした。そして、第一王子殿下のことを母に話す。
「『第一王子キャバン殿下ね。あの殿下のご病気は、呪いでも術でもなかったわ。もし呪いや術だったなら、解く自信はあったのだけれど……』」
原因が分からない、と母はそう言った。
呪いや術なら、必ず痕跡が残る。それを組み解けば解除できる。
けれど、それ以外のものなら……母ほどの魔女でも難しいのだろう。それでも私は、一度お会いしてみたいと思った。
「『ふふ。会いたいのなら、お願いしてみなさい。使い魔のヴォルフもそばにいるのだし、あなたなら何か手がかりを見つけられるかもしれないわ』」
「『そうですよね。一度お会いしないことには、何も分かりません。母、許可をありがとうございます。帰りをリィーネの森で待っています』」
「『えぇ。またね』」
母は微笑み、魔法陣の光の中へと溶けるように消えていった。
母との会話を終え、私は小さく息をつく。
「兄……第一王子殿下にお会いしようと思うの」
私の言葉に、兄は少し考えるような間を置いてから答えた。
「俺も、いまの話を聞いて……気になった」
だが、殿下の許可なく、私たちが勝手に動くことはできない。ローサン殿下が戻るまでのあいだ、私たちは静かに本を読むことにした。




