21話
禁魔導書の上に、淡く光る魔法陣が展開されて、ジリリリ、ジリリリと呼び出し音が室内に響く。そして次の瞬間、魔法陣の中心に一人の魔女が姿を現した。
「『誰だい? 魔女会の最中のはずだろう。……私を呼び出したのは』」
「『お越しいただき、ありがとうございます。ガガーリの森の魔女、アーバン様』」
金色の魔法陣の中に立つのは、黒髪に赤い瞳、私と同じ三角帽子とローブを纏った魔女だった。彼女は私、シャーリーを見つめ細く目を眇める。
「『そうかい。あなたがリィーネの森の魔女、リシャンの娘シャーリーか。はじめましてだね。私はガガーリの森の魔女、アーバン』」
そう名乗ると、彼女は禁魔導書に手を置いた。
「『この本は、私が書いた生活魔法の魔導書だ。君なら構わない。読むも、書き写すも、好きにしなさい。それから』」
アーバンは一拍置き、穏やかな声で続ける。
「『私の本は、すべて君に託すよ』」
「『いいのですか? 嬉しい。ありがとうございます、魔女アーバン様』」
深く頭を下げると、彼女は満足そうに頷いた。
「『ところで、シャーリー。魔女は楽しいかい?』」
さっき本の妖精も聞いてきた問いに、私は少しだけ驚いたが、迷いはなかった。
「『はい。楽しいです』」
その答えを聞くと、魔女アーバンは静かに微笑み「いつか、会いましょう」と言い、魔法陣の中へと消えていった。
それから次の本、また次の本。呼び出した魔女たちは皆、魔導書を私に託し、そして決まって同じ問いを残していく。
「『魔女は楽しいか?』」と。
最後に残った本は、母で、魔女リシャンが記した魔導書だった。母もまた、同じ質問をするのだろうか。
歴代のリィーネの森の魔女たちに本を託される喜びと。意味のわからない問いに、私は首を傾げる。
〈ねえ、兄。呼び出した魔女様たち、みんな同じことを聞いたの。「魔女は楽しいか」って……何か、意味があるのかな〉
隣で見守っていた兄に問いかけると、彼は肩をすくめて答えた。
〈さあな。そのうち、わかるんじゃないかな〉
兄は何かを知っているようだったが、今それを話すつもりはないのだろう。そう思えた。
なら、訳が分かる日が来るまで何も聞かなくていいかな。
さて、次は母の本。そう思って杖を構えた瞬間、その手を殿下に取られた。見上げると、いつもの落ち着いた表情とは違い、どこか興奮を帯びた顔をしている。声も、わずかに上ずっていた。
「いきなりすまない。でも、魔女、いまのはなんだ? 本から魔女が出てきたが……魔女は何を聞いた?」
(私が、何を聞いた? ああ、そうだったわ)
「ローサン殿下、いま私が話した言葉は魔女語です。この本を書いた魔女に、本の使用許可を取りました」
「なに、魔女語? 僕が学んだ古代語とは別の言葉か……だから、わからなかったのだな」
呼び出しから会話まで、すべて魔女語だった。そのためローサン殿下には、私が何を話していたのか分からない。
――けれど。
目の前で起こった不可思議な出来事に、殿下はただならぬ興味を抱いたようで、私の手を掴む力は、しばらく緩まなかった。




