20話
にこやかに話す殿下に、見えているものを言えず、なんと答えればいいのかわからなかった。言葉が見つからず、私は口元だけで微笑む。
「さあ、魔女。父上から許可をもらっている。どの本を読んでもいい」
殿下はそう言って、私の手を離した。
――どの本を読んでもいい。
なんて素敵な言葉だろう。私は思わず、後ろにいる兄を振り返った。
「ありがとうございます。ねえ、ねえ、兄はどの本を読みますか?」
「はは、シャーリーは楽しそうだな。何の本を読むか? そうだな、俺は薬草の調合関係の本がいい」
「兄は調合の本ですか。それ、私も気になりますけど……まずは魔女魔法の本ですね」
調合書が並ぶ本棚の前で足を止めた兄から離れ、私はうきうきと別の本棚へ向かう。目的の本を探しながら棚を眺める、その様子を殿下が目を細めて見ていたことを、私はまだ知らなかった。
本の妖精は、その光景を見て小さくつぶやく。
【この坊や……まあ、そうなの。魔女を気にするなんて、やめた方がいいのに】
【何か言いました?】
【いいえ。それより、あなたはおいくつですの?】
【十九歳です】
本の妖精は目を大きく見開き、「ああ」と納得したように頷いた。今回、魔女会が開かれた本当の意味に気づいたのだ。
【選択の歳】
【選択の歳? それは何ですか?】
【いずれ、わかるわ。……ねえ、あなた。魔女は楽しい?】
【はい。楽しいです。毎日がとても充実しています】
【そう。なら、答えは簡単かもしれないわね】
この会話を、ヴォルフ兄は本を選びながら黙って聞いていた。兄もまた、知っていたのだ。
選択の歳。これは魔女シャーリー自身が決めること。誰かが決めていいことではない。
彼女の選んだ答えこそが、正しい。
「兄、決まりましたか?」
私は読みたい本を近くのテーブルに、どどんと積み上げた。その本の量に、兄は思わず目を見開く。
「おい……シャーリー、そんなに読めるのか?」
「いいえ。全部読むわけじゃありません。書いた魔女に聞いて、必要なところだけを新しい本に移すんです」
その言葉で察したのか、兄は納得したように頷いた。
「ああ、あれか。じゃあ、俺の分も頼んでいいか」
私は頷き、近くで本を手に取っているローサン殿下を見る。殿下は、これから何が起こるのかわかっているのか、その瞳がきらりと輝いた。
「ローサン殿下、これから魔法を使いたいと思います。その許可をください」
王城で魔法を使うには、王族のひと言が必要だ。殿下の「いいよ」があれば、元から許可が降りている転移魔法以外の魔法も、許容範囲内で使用できる。
そして今、私は思い出した。
前……お茶会で、許可なく魔法を使ったことを。
「で、殿下。あの、前、許可なく魔法を使ってしまいました……」
「うん、そうだね。でも大丈夫だよ。魔女、これから人に危害を与えない魔法なら、僕の前でいくらでも使っていい」
「え、いいのですか? 許可をありがとうございます、ローサン殿下」
私は杖を取り出し一冊の本をトン、と軽く叩く。
「『この本を書いた魔女様に、お伺いいたします』」
そう告げて、禁魔導書に問いかけた。




