19話
すごい、一目見ただけでわかる。
どの魔女が作ったのかは分からないけれど、見たことのない魔法が組み込まれている。そうなると、殿下が持つ鍵にも、同じく未知の魔法が施されているに違いない。
「魔女は楽しそうに扉を見るね。この魔導具の扉は、魔力がなければ開けられない。父上と兄上には魔力がなくて無理なんだ。母上と僕だけが開けられる」
(ということは、ローサン殿下には魔力がある)
ただし、その魔力の軸となるものが魔女のものとは異なる、そう母から聞いている。昔の私は殿下と同じ系統の魔力を持っていたが、母と“魔女になる契約”を交わして以来、私の魔力は変質したらしい。
(でも、この扉……鍵がなくても、魔女の私なら開けられる)
開けたら罪に問われそうだから口にはしないけれど、扉の中央に刻まれた魔法陣を解けば、簡単に開錠できる。
魔法陣を見る限り、この扉を作った魔女は私よりも魔力が低い。強引に開けるなら、魔力を流し込んで魔法陣を破壊すればいい。
いつの間にか隣に来ていた兄も、魔法陣が見えているのか、私を見てにやりと笑った。
〈兄にも、この扉は開けられそう?〉
〈ああ、開けられるな。まあ、開けないけど〉
〈私も開けないわ。こんなに素晴らしい魔導具の扉、大切にしないと〉
〈だな。同意見だ〉
扉に夢中な私たちを微笑ましそうに見て、殿下は鍵穴に鍵を差し込み、静かに回した。
ガチャッ。
書庫の奥に、開錠の音が響き、古い書物特有の香りが漂う。中は書庫本体とは違い、こぢんまりとした空間だった。
そして、本棚の中央に黄色のフリルをふんだんにあしらった、真っ白なドレスを着た女の子が立っていた。水色の瞳で、じっと私たちを見つめている。
【誰? あら、また来たのね】
古代魔女語でそう告げ、くすりと笑う。
本の妖精……いいえ、違う。目に魔法陣が見える。この子は、この魔導具の扉を作った魔女の使い魔だ。
【そこの魔女。この書庫の持ち主は、いま魔女会に出ている。あなたはどこの魔女?】
【私は魔女シャーリー。リィーネの森の魔女です】
【リィーネ森の? ああ、そうあなたには、ここの本を読む許可が出ているわ。ゆっくり読んでいってね】
【ありがとうございます】
殿下には姿が見えていないはずなので、彼に気づかれぬよう、妖精へと小さく頭を下げた。
けれど、ローサン殿下の視線はなぜか隣の私をじっと見つめていた。
「変に思うかもしれないが、魔女は……真ん中にある、丸い黄色の光が見えるのか?」
「黄色の光、ですか?」
殿下には、あの子が光の玉に見えているらしい。なかなかの魔力の持ち主だ。魔法使いになれば、相当な腕前になるだろう。
いまは手を握っている。測ろうと思えば、殿下の魔力を測れる距離だ。好奇心が芽生えかけたが、心の中で首を振る。
(私は魔女で、王家の薬師。王家に深く肩入れするのは良くない)
「あの光は、この書庫に住む幽霊みたいなものかな。子供の頃から、ここに来ると見えるんだ。その光は何もしないから大丈夫だよ」
そう言って、殿下は微笑んだ。




