15話
冬の森からリンゴを採って戻った私は、アップルパイを焼くためにキッチンに立った。母と一緒に作っておいた、小麦とバターと水で作ったパイ生地をアイテムボックスから取り出す。
「多めに作っておいたから、あと二、三回は焼けるはず」
アップルパイだけじゃなくて、キッシュやチキンクリームパイにしてもいい。使った生地をまた作ればいいし。そんなことを考えながら、採ってきたリンゴをくし形に切りにした。
フライパンを取り出して魔法コンロに火を灯し、バターを溶かす。じゅわっと香りが広がったところでリンゴを投入し、砂糖とレモン汁を加えて汁気が飛ぶまでじっくりと炒め、十分に色づいたら魔法で冷やす。
――これで、リンゴのフィリングは完成。
次は生地だ。三等分したパイ生地を長方形に伸ばし、砕いたビスケットとリンゴのフィリングをのせる。大きめに伸ばした生地に切れ目を入れて被せ、縁をフォークの背で丁寧に押さえる。仕上げに溶き卵を塗って、あとは魔法のオーブンで焼くだけ。
――三十分くらいで焼けるかな。ついでにクッキーも焼いちゃおう。
私は外にいる二人に声をかける。
「父、兄、アップルパイが焼けたらお茶にしましょう」
「アップルパイかぁ、いいな」
「いいな、アップルパイ楽しみだ!」
三十分後。庭にテーブルを出し、焼き上がったアップルパイとクッキー、ホットケーキを並べる。父と兄を呼んで三人で囲むティータイム。
「んっ、美味しい」
前、王城で食べた、あのクリームたっぷりのケーキとは違うけれど、母と一緒に作った生地で焼き上げたおやつは、どれとも比べられない。
「シャーリー、アップルパイ美味かったぞ」
「ああ、どれも美味い」
ふたりの笑顔が嬉しくって、私も自然と笑みがこぼれる。明日は何を作ろうかな、そう考えるのもまた楽しい、幸せなお茶会だった。
⭐︎
まったく、ローサン殿下は真面目な人だ。
王城に薬を届けて一月が経ったころの早朝に、リリンと呼び出しのベルが鳴った。それに応じてみればラフな装いの殿下がいた。
「おはようございます。ローサン殿下、何か薬のご用ですか?」
「おはよう、魔女。今日は薬の依頼ではないんだ」
それなら、なんですかと話を聞くと。今日はめずらしく執務が休みで、書庫で本を読むつもりらしい。
「王城の書庫で読書ですか?」
「そうだ、魔女シャーリーも一緒にどうだ?」
「え? 私もですか?」
その誘いは珍しく、驚いた声を出してしまう。――王城の書庫かぁ。もちろん家にも母の本が詰まった書庫がある。わざわざ王城に行き、ローサン殿下と書庫で本を読まなくても困らない。
正直なところ、あの日に出会った婚約者候補たちに会いたくないと顔に出ていたのか。
「魔女、歴代のリィーネ森の魔女達が書いた、禁魔術書の写し書きが読めると言ったら、気にならないか?」
とローサン殿下は話した。
「え、ええ、き、き、禁魔術書が読める⁉︎ ……それはもちろん気になります。しかし、その書物を読むには王家の許可が必要と聞いています」
「ハハ、そうだね」
禁魔術書は大昔の、リィーネ森の魔女たちが残した独自の薬のレシピ。リシャン母も王家の許可なしでは、その写し書きが読めない。
ーーぜひ、読んでみたい。
リィーネ森を任された魔女達の、独自の薬草調合。
同じ効能の薬でも作り方は魔女ごとに異なり、新しい知識が詰まった魔導書。私も自分のレシピを考え、実験して、自分の魔導書に書き記しているけれど。大昔の知識には興味が尽きない。
(古の魔女達のレシピを知りたい……読みたい)
だが、ご多忙な殿下の貴重な休みに邪魔をしてもいいのだろうか。
「あの、ローサン殿下……読書は一人の方がいいのでは? それと、殿下の休みを邪魔しませんか?」
そんな貴重な体験に行きたい。しけし、邪魔はしたくないと伝えると、殿下は微笑んで首を振った。
「いいや、僕は気にならないから大丈夫だよ」
――大丈夫!
「大丈夫ですか……。それなら殿下のお言葉に甘えて、いまからそちらに伺います」
「うん、待っているよ」
うきうきと通信を切り、いつもの服装に着替えて、お伺い杖とメモ帳、ペンを入れて外にいる父と兄に「殿下に署へと誘われたから、いまから王城へ行く」伝えた。
父は「いい経験と勉強になるな」と快く承諾してくれたが。兄は使い魔として、王城に付き添うのが面倒らしく不機嫌な顔をした。
「兄は来なくていいよ。今日は書庫に、本を読みに城へ行くだけだから、一人で行ってきます。温室の手入れは終わっているから、兄はゆっくり休んでください」
「おい!」
父と兄、二人から離れて、浮かれながら杖を取り出す。その姿を見ていた父が何やら兄に話しているが、こちらには聞こえない。
――今日の訓練の話かな、それともお昼の相談?
このときの父は兄に。
「ヴォルフ、気になるなら行け。だが、シャーリーは使い魔のおまえに王城へ行くと行き先を伝えた。行き先も安全な王城だ、おまえが面倒なら行かなくてもいい」
「……安全、そうですね」
気になる。いったい二人は何を話してんだろう? と思うけど。こちらには聞こえない声で話しているのだから、私に聞かせたくない話なのだろう。
――なら、無理に聞きません。
いまから王城の書庫で禁魔導書が読める、そう思うだけで気分は上がる。私は杖を握り締め魔力を放出させ、行き先を示す。
「『向かうは王城!』」




