14話
ふうっと息を吐き、通信鏡から離れる。――と、いつの間にか背後にヴォルフ兄が立っていた。さっきまで父と外にいたはずなのに、私の声を聞いて、きてくれたのだろう。
「ククッ。魔女のことまで気にかけるとは、ずいぶんと真面目な王子様だな」
「えぇ、少し真面目すぎるわね」
「だから考えすぎて、不眠症なんてものになるんだ。さっさと婚約者を決めて、一緒に寝てもらえばいい。女性の柔らかな体は――」
どこぞの女性の話をする兄に「その話はやめて、聞きたくない!」と顔をしかめて遮ると、兄は肩をすくめた。
「はいはい。じゃあ、お昼寝の邪魔になるし、出ていくさ」
ひらりと手を振って部屋を去る兄を見送りながら、胸の奥がちくりと痛む。まだ、完全に諦めきれていない。その心に気づいて、慌てて首を振った。
(もう終わった恋よ。忘れなきゃ)
自分に言い聞かせるようにベッドへ潜り込み、まぶたを閉じる。
けれど兄の言葉が頭に残っていたからか、最近は見てはいなかった悲しい夢を見る。それは口に出すのもためらわれるほど、胸が締めつけられる夢。
「っ……」
目を覚ますと同時にすうっと、ひと雫の涙が頬を伝い。やがて大粒の涙に。しばらく声を出さないよう泣いて涙を拭く。この悲しみの涙は耳のいい父と兄に聞かれたくない。
心配もかけたくない、私は小さくため息をついて目を瞑った。
⭐︎
目を瞑ったが、夢のせいなのか眠れなくなり、お昼寝は台無しになった。仕方がない、起きようかと背伸びをしてベッドから体を起こすと、外から物騒な雄叫びとぶつかり合う鈍い衝撃音が聞こえてきた。
(……ん? あ、ああ、父と兄が外で特訓してるのか)
これは彼らの毎日の午後の日課で、もう慣れた音。もう一度伸ばして、キッチンに向かい、今日の夕食のメニューを考える。
「夕飯は、パンを焼いて……残ってるお肉と野菜でシチューにしようかな? そうだ、冬の森でブロッコリーも採ってサラダにしよう」
パジャマから着替え、ホウキを片手に外へ出る。少し離れた場所では、すまし顔のキョン父と、息を切らした兄が並んで寝転がっていた。
――今日も派手にやったわね。えっと、父の火の魔法と兄の氷、あと爪と牙かぁ。……ふうっ、ふたりともかすり傷程度で、大きな怪我はしていないみたい。
私はホウキを玄関脇に立てかけ、杖を手にして近づく。
「父、兄、お疲れさま。特訓で倒しちゃった木々を治すわね」
「頼む、シャーリー。……あー、クソッ! きょ、今日も、キョン様に一発もくらわせられなかったぁ~!」
「ククク。あの程度でワシに一発喰らわせるどころか、触ることもできまい」
涼しい顔で強がる父に、つい溜息がこぼれる。
しかし、父と兄の訓練あとは凄い。あたりの木々が薙ぎ倒れ、草花は焼け焦げ、地面はクレーターだらけ。まるで戦場の跡そのものだ。
「『再生』」
魔力をこめて杖をかざすと、倒れた木々がみしりと立ち上がり、焼けた草花がみるみる再生していく。私はその姿を見て頷く。
(……よし、今日もきれいに戻った)
続けて、煤と泥まみれの二人へ杖を向けた。
「『シャボン』」
プクプクと汚れを落とす泡が生まれ、二人の体を優しく泡が包み込んだ。
「お? おおっ? シャーリーありがとう。これ楽しいよな!」
「……おう。ううっ、ワシはどうもこの魔法に慣れん……」
兄は少年のように泡まみれで泡をつつき、父はしょんぼりとうなだれる。これは私の考えた魔女魔法。
泡がまとい汚れを落とす、泡はしばらくすると消えるが、苦手な父には消えるまでの辛抱だ。
「ううっ……」
「父、泡はすぐ消えるわ。汚れを落として、綺麗になるんだから文句言わない。そのシャボンが消えたら、お風呂に入ってくださいね。私は冬の森に行ってきます」
杖をしまい、玄関脇に立てかけたホウキを手元へ呼び寄せる。
「待て、俺もついていく」
「大丈夫よ。気配を消す魔法の練習も兼ねて使うから、安心して。帰ってくるまでにお風呂を済ませること! 父もですよ」
「……わかった」
二人にそう告げて、私はホウキに乗った。




