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リィーネ森の魔女  作者: にのまえ


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12話

 庭園に響く、華やかな笑い声。

 きれいな髪を結い上げ、花々を模したドレスを纏う令嬢たちが、陽光を浴びてきらきらと輝いている。私もその輪に加わりながら、ただケーキと紅茶を口に運ぶだけだった。


 足元では、オオカミ姿の兄が退屈そうに丸くなっている。こっそりとケーキを差し出すと、ぱくりと食べ、満足げに目を閉じてしまった。


(……帰りたい。早く森に帰って見回りして、木々の世話をして、お昼寝もしたい)


 話題に接点がないせいで、令嬢たちの華やかな会話にはなかなかついていけない。それでも紅茶とケーキだけは美味しくて、つい手を伸ばしてしまう。


 ――生クリームがたっぷりのケーキって美味しいわ。


 明日は秋を閉じ込めた東の森に行って、リンゴを収穫してアップパイを焼こう。リンゴが余ったら、ジャムとタルトタタンを作るのもいい。


 父と兄の喜ぶ顔を思い浮かべて、自然と口元が緩む。そのとき、兄から念話が届いた。


〈シャーリーお茶会が退屈だ。少し、その辺を散歩してくる〉


〈散歩? わかった。見つからないようにね〉

〈ああ。そんなヘマはしない〉


 そう言うと、兄はすうっと姿を消し、風だけを残す。その身軽るさが羨ましい。私もこの場から姿を消して、森に帰りたいなぁと、心は森に帰っていた。


「魔女、ケーキのおかわりはどうだ?」

「へ? あ、いいえ、もう十分いただいております」


 上座に座るローサン殿下は、わざわざ離れた下座にいる、私にまで気を配ってくださる。


 そのささやかな気遣いすら、彼女は面白くないのだろう。殿下の近くに座る令嬢が、ちらりとこちらを一瞥し、わざとらしく声をかけてきた。


「ねぇ、魔女さん。先ほどローサン様に何か差し上げていましたわよね?」


 ――先ほど、殿下に?


「それは依頼された薬とラベンダーのポプリです。あの、皆さまの分もございます。このポプリにはささやかですが、魔女の祝福も込めてあります」


 私は杖を軽く振り、ふわりと魔力を乗せて、小袋を各テーブルへ届けた。だが、令嬢たちは受け取った袋を指先でつまむように見つめ、互いに顔を見合わせて。


「……なにかしら、これ?」

「わたくし、こういうのは結構ですわ」

「必要ありませんわよね?」

「ええ、ありませんわ」


 と、扇で口元を隠してくすくす笑う。


 渡したのは、手縫いの真っ白い麻布の袋。

 派手な刺繍も施していない、飾り気のないそれは彼女たちの持つ高価な品々と並べば、確かに見劣りする。


 まだ、くすくすと笑っている。


(……そっか、いらないのか)


 がっかりと、小さな棘がずきりと胸にささる。それでも私は、作り笑いの形を崩さぬように杖を握り直す。


「そうですか。不要でしたら、回収させていただきますね」


 魔法を発動すると、彼女たちの前に置かれたポプリがふわりと浮かび上がり、私の手元へ戻ってきた。それを集めて、アイテムボックスに仕舞う前に「殿下とお揃いなのに……」ぼそっと呟く私に彼女達の視線が集まり、お茶会の空気がぴたりと止まる。


 ――すごく、見られてる。


 でも“いらない”と言われたから、ただ回収しただけ。

 殿下とお揃いと言ったのもほんと。


 だって、このポプリは手作り。私がひと針、ひと針、心を込めて丁寧に縫い祝福をかけた。魔女の祝福をした品はめったに手に入らない。ささやかな祝福でも、病や怪我から持ち主を守る加護だ。


 それをいらないとはっきり言われて、笑われてしまった以上、もう一度配る勇気はない。しらけた沈黙の中で、兄から念話が届く。


〈シャーリー、ここ昼寝できそうな場所がない。そろそろ森へかいらないか?〉


 音もなく足元へ戻ってきた兄の気配が、そっと背中を押す。私は令嬢たちの注目の中立ち上がり、丁寧に一礼した。


「ローサン殿下、お嬢様方。本日は楽しいお茶会に参加させていただき、ありがとうございました。申し訳ありませんが、用事がありますので、これにて失礼いたします」


〈兄、森へ帰ろう〉

〈ああ、帰ろう〉


 杖を取り出して、下先をコツンと土に触れさせ、転移魔法を起動しようとしたそのとき。


「魔女シャーリー待ってくれ!」


 今、呼び止めた声が誰なのか、もちろんわかっている。だけど私は、聞こえなかったふりをして胸に手を当て、もう一度深々と頭を下げた。


「では、また何かあったら依頼してください


 その瞬間、転移魔法の光が視界を満たす。

 私は微笑んだまま、庭園を離れた。

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