11話
――困ったわ。ああ、早く森に帰りたいな。
国王陛下と王女、殿下との初顔合わせは、驚くほどあっさり終わった。
「陛下、こちらが私の使い魔ヴォルフとなります。これからは彼と一緒の行動となります」
「使い魔ヴォルフか、わかった。リィーネの森の、魔女シャーリー、ブォルフ。これからもよろしく頼む」
「はい。ご期待に応えられるよう、精進いたします」
王の間で無事に“顔見せ”を済ませ、依頼されていた頭痛薬と、ポプリをローサン殿下の部屋へ届け。さあ帰ろう、と、部屋の外で兄と杖を取り出した。
その時だった。
コツコツとヒールの音。こちらへ来る、ローサン殿下の“婚約者候補”たちと目が合ってしまった。彼女達な今夜の舞踏会のために、早めに王城へ来ていたのだろう。
森へ帰ろうと杖を握る私を、一人の令嬢が見た。
「あなた見ない顔ね。……あら? その三角棒と汚れたロープ、それとオオカミということは。あなたもしかして、新しく王家付きになった“魔女”なのかしら?」
彼女達の中で、もっとも華やかな衣装をまとった令嬢がにっこり笑みを浮かべながら、棘をふくませた声で話しかけてきた。
他の候補者たちも興味深そうに、まるで値踏みするかのように私を見てくる。その視線に、嫌な予感が背筋を走る。早く離れなくちゃと、軽く頭を下げて離れようとした――が。
「魔女さん、これから殿下を誘って庭園でお茶をするところなの。あなたも参加なさい」
令嬢が笑顔のまま告げた瞬間、胸の予感は確信に変わる。
「それはいい案ですわ。魔女さんも、ご一緒に楽しみましょう」
「ええ。ぜひ、ご一緒に」
周囲から次々と声が上がる。もちろんその“ご一緒”には、隣のブォルフ兄も含まれているはずだ。
だが、今の兄は完全にオオカミ姿。話せないもどかしさからか、面倒くさそうに喉の奥でグウッと低く唸っている。
(ふうっ、兄も嫌そう。彼女達に忙しいと伝えて、お茶会を断ろう)
「すみません、私は――」
すぐそばの扉が開き、ローサン殿下が姿を現した。彼の手には、先ほど渡したラベンダーのポプリが握られている。
「魔女! あ、まだいたか良かった。君が届けた薬がよく効いて痛みが和らいだ。あと、このポプリ、素晴らしい香りだ。ありがとう」
(殿下! なんという、タイミングで出てくるの!)
私達の話を知らない殿下は、嬉しそうにポプリを手に、ふわりと目を細めた。その彼の姿を見た瞬間、候補者たちの視線が鋭く光る。
(そんなに睨まないでください)
でも、これは依頼主としての感謝。
このまま受け取るのが正解。
私は胸に手を当て、深く頭を下げた。
「ローサン殿下、ありがたいお言葉。そのポプリには、ささやかな魔女の祝福を込めました。……今宵の舞踏会のあと、今夜は心安らかにお休みいただけるはずです」
「おお、それは助かる。ところで君たちは、ここで何をしているんだい?」
彼女達に気付き、声をかけた殿下。
「ローサン様、今日は天気もいいです。庭園でお茶をしませんか? と誘いにきたのです。お茶の席で、そのポプリのお話を、私たちにも聞かせてくださいませ」
その彼女の言葉にしばらく悩み、いつもの笑みを浮かべた。
「庭園でお茶か。今日は舞踏会で執務も少ない。君たちとお茶をしよう。魔女殿も、ご一緒にいかがですか?」
――兄がぐいっと足を踏んでくる。(断れ、の合図)
わかってるよ。私だって、ことわりたい。
「え? いや、その……」
「いかがですか?」
――あ、ごめん兄。これは無理。
殿下のあの柔らかい笑みを前にして、断れる人類がいるなら見てみたい。
「……はい。わかりました」
手に持っていた杖を、しまい込む。殿下は目を細めて頷き、婚約者候補を連れてお茶に向かう前、私の方を振り向き。
「では、行こうか」
それは私に向けて言ったのかな。
「……はい」
隣の兄のジト目を横目に受けながら、私はひとつ、小さくため息をついた。




