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第九話

 

 ◇◇◇



 その日、王様は「王城の森の奥にとても美しい娘が暮らしている」という噂を耳にしました。

 王様はツィラローザ姫が死んだと聞かされてから、ツィラローザ姫の代わりに王女として使えそうな美しい娘を探していたのです。しかしどれだけ探してもツィラローザ姫ほど美しく、都合よく言うことを聞いてくれる娘は見つけられませんでした。

 王様は急いで使いを出し、森の奥に住むという娘を連れて来させることにしました。


 王城に連れてきた娘はあたり一面が輝くような美しさを放っていました。しかしその姿を見て、王様はとても驚きました。それは死んだと聞かされていたツィラローザ姫本人だったからです。


「本当にツィラローザなのか?」

「はい、お久しぶりでございます。お父様」


 そう答えるツィラローザ姫の足は元の白いほっそりとした足ではありませんでしたが、自分で立つことが出来るよう義足になっていました。


「おお、ツィラローザ。以前のように美しい娘が戻って来た!」


 王様はとても喜びました。

 そして嘘の報告をして王様をだましていた宰相をとてもひどい方法で罰しました。


「もう悪い奴はいないから安心しなさい。これからは前と同じように王城で暮らすんだ。その汚い義足も美しく作り替えさせよう」

「ああ可愛い私のツィラローザ。良くお顔を見せてちょうだい。やはり生まれ持った美しさは消えようがないのね」


 王様も、部屋から出てきた王妃様も、あの冷たい態度が幻だったかのように今まで通りツィラローザ姫の美しさを褒め称えるようになったのです。


 義足も美しいツィラローザ姫に合わせて美しく作り直されました。王様や王妃様にはエンドリッヒの作った薄汚い義足は捨ててしまえと言われましたが、ツィラローザ姫の手によって大切に仕舞われておりました。


 ツィラローザ姫には以前のように侍女がつけられましたが、エンドリッヒはツィラローザ姫の護衛として過ごしていました。


「エンドリッヒ、少し困ったことになったの」

「またですか? いい加減自分でできるようになってくださいよ」


 しかし、ツィラローザ姫が困ったとき何かと頼るのはエンドリッヒでした。

 ツィラローザ姫が呼びかければエンドリッヒが視線で答えます。その仲睦まじい姿を良く思わない人々も多くいましたが、ツィラローザ姫はエンドリッヒがいるだけで安心できたのです。



 ◇◇◇



「きゃあ! また殿下に近づきましたわ」

「あの人、首斬りエンドリッヒでしょう? 敵味方構わず首を落としたという……」

「見ていられない程、気持ち悪い姿ですわ。ツィラローザ殿下は本当にお心が広いお方ですわね」


 遮るもののない茶会の席で令嬢たちの()()()()()()()囁きはツィラローザの耳にも届いていた。きっとエンドリッヒにも聞こえているはずだ。


「エンドリッヒ、戻りましょう。私、気分が悪いわ」

「はあ……、気にしなきゃいいんですよ」

「いいえ、部屋に戻るわ。皆さま、私まだ完全に体調が戻っておりませんので、この辺で失礼させていただきます。どうぞゆっくりとお過ごしくださいませ」


 そう言い残してツィラローザは茶会を後にした。

 国王が替え玉をすげようとツィラローザの死去を公表していなかったことが幸いし、ツィラローザはしばらく体調を崩して療養していたということになった。徐々に社交の場に復帰しつつあるが、それまで当然のように過ごしていた時間が今のツィラローザには苦痛でしかなかった。


「あの方々とはもうお会いしたくありません。なぜあんなに不愉快な態度ばかりとるの?」


 そう言って憤るツィラローザにエンドリッヒは曖昧な笑みを向けるだけだった。


「殿下だって美しいものの方が好きじゃないですか。違います?」

「確かに美しいものは好きよ。でも違うの! よくわからないけれど!」

「そりゃ誰にもわかんないですね」

「そう、わからないのよ。私、前もここで生きていたの? まるで異世界に来てしまったみたい……」


 ツィラローザは心の底からそう感じていた。

 あの夜会の日まで普通に暮らしていたはずの王城での生活は、まるで世界が丸ごと変わってしまったかのように違って見えるのだ。


 エンドリッヒと過ごしていた森の中の小さな小屋に、ある日突然王城からの役人がやって来た。それはいつもの宰相の使いではなかった。


「ここに美しい娘がいると聞いてきたのだが、あなた様は……」


 役人は驚きながらもツィラローザを馬車に乗せて王城に連れ帰った。エンドリッヒは王城に来ることをためらったが、ツィラローザが頼み込むと渋々着いて来てくれた。

 王城に着き、連れて行かれたのは謁見の間だった。そこにはかつて自分を見捨てた父がいたのだ。


「本当にツィラローザなのか?」


 騙されたような気分だった。ツィラローザはすぐにでもその場を離れたい思いに駆られたが、王女として身体に染み付いた習慣は忘れられなかった。ツィラローザはこみ上げてくる吐き気を押し隠しながら、着せられたドレスの裾を優雅につまみ、挨拶をした。


「はい、お久しぶりでございます。お父様」


 そこからの変化は目が回りそうだった。

 また侍女がつけられ、王城のかつての自室で暮らすことになった。あの小さな小屋に置いてきた物たちは取りに帰れないと告げられた。そして父はツィラローザの義足を見るなり、ひどく不愉快そうな表情を浮かべて言い放ったのだ。


「その汚い義足も美しく作り替えさせよう。その汚らしいゴミは捨ててしまいなさい」

「どうぞ新しいものを作るならご自由になさってくださいませ。でもいくらお父様のご命令であっても、これは捨てません」


 ツィラローザがそう宣言すれば、エンドリッヒの作ってくれた義足が処分されることはなかった。新しい、宝石がちりばめられた義足を着けて過ごせば国王はそれ以上何も言わなかったのだ。



 §


「ツィラローザ。やはり僕には君しかいないんだ。美しい君の隣に立つことを許してくれないか」


 婚約者だったステファンは相変わらずだった。

 ツィラローザが赤い靴を履かされた後、一度だけステファンは姿を見せた。しかし誰の手もかけられない状態のツィラローザの姿を見ると、青い顔をしてすぐに去っていったのだ。


『ツィラローザ、すまないが君との婚約は解消させて欲しい』


 そんな言葉を残して……。


 しかし今、ツィラローザの前にいるステファンは、また以前のように熱のこもった目でツィラローザに愛を囁いている。


「お父様は何と?」

「ああ、陛下は『ツィラローザの心を動かしてみろ』とだけ仰っていたよ。また君に愛を伝えられるなら、それすらも僕には幸せな時間だけどね」


 ツィラローザは目の前でうっとりと語るステファンを見つめた。

 確かに彼も美しい。あの魔術師に出会うまではステファンが妥協できる唯一の婚約者だった。でも何かが違うのだ。今、ツィラローザの前で愛を語る彼の姿には正直不快感しか抱けなかった。


「エンドリッヒ」


 ツィラローザは後ろに控えるエンドリッヒを振り返った。彼は面倒くさそうな顔をしながらもツィラローザの意図を汲み取ってくれた。


「殿下は少しお疲れのようですので、本日はこの辺で……」


 一歩前に出て告げたエンドリッヒをステファンは睨みつけた。


「不気味な……。お前のような者はツィラローザの近くにいるべきではないだろう。はは、ツィラローザの美しさに魅せられてしまったんだな、浅ましい事だ」


 そう(なじ)られてもエンドリッヒは表情一つ変えなかった。しかしステファンの発言にツィラローザは我慢がならなかった。


「エンドリッヒは私の代わりに伝えてくれただけです。不愉快だわ、ステファン。もう下がりなさい」

「ツィラローザ、君は変わってしまった。こいつに騙されているんだ! どうせこいつも王配の座を狙っているのだろう! この騎士崩れがっ、王配に相応しいのは僕だ!」

「これは命令です! 下がりなさいステファン!」


 唾を飛ばしながら喚き始めたステファンに向かってツィラローザが声を荒げると、扉の側にいた彼の護衛がさっと動いた。ステファンは信じられないものを見たような顔をして、護衛に連れられ挨拶もせずにそそくさと去っていった。


 ツィラローザはすっかり冷めてしまったお茶を侍女に入れ直すよう告げ、独り言のように呟いた。


「私は、王女なのね」

「何をいまさら」


 ツィラローザの独り言を聞いていたらしいエンドリッヒが相槌を打ってくれた。

 ツィラローザはステファンの言葉を思い出しながら続けた。


「あの人は王配になれると思っているのね。彼の言うように私はこのままなら次の女王になるわ。だからお父様は都合の良い結婚相手を見つけたいみたい。ステファンじゃなくても、お父様にとってさらに都合の良い相手がいたらその方を……」


 ツィラローザは思い出したくもないあの美しい魔術師フィルの顔が脳裏に浮かんだ。父がはじめ彼に会わせることを渋っていたのは、フィルは思い通りに動かせない事を知っていたからだろう。


「私ね、思ったの。お父様もお母様もステファンも……皆、私を見ていたわけではなかったのよ。『美しい』『王女』である私を見ていたんだなって……」


 ツィラローザはそう自分で言って、訳もなく悲しくなって来てしまった。


(今まで信じていたものは全てまやかしだったのかもしれないわ。でもそうしたら私が信じられるものには一体何が残っているの?)


 ツィラローザは縋るような思いでエンドリッヒに尋ねた。


「あなたは?」

「俺ですか?」


 ツィラローザがエンドリッヒを見上げると、彼は不意を突かれたような顔をした。


「エンドリッヒ、あなたは? あなたは私を見てくれている? 私のことを見てくれる?」


 ツィラローザはエンドリッヒを見つめた。黒曜石のような瞳は同じようにツィラローザを見つめ返していた。

 こんな時、ツィラローザはいつもあの時のことを思い出すのだ。エンドリッヒが作ってくれた義足を始めて身に着けた時のことだ。




「エンドリッヒ。やっぱりできない……」


 森の中の小さな小屋の中で、ツィラローザは完成した義足を前に言った。エンドリッヒが作り上げたのは素朴な木製の義足だった。皮膚が当たる部分には丁寧になめした革がつけられ、体重をかけても痛まないように柔らかい布が詰められていた。編み上げ式の留め具はツィラローザの足をしっかりと包み込みそうだった。しかしツィラローザは恐ろしかったのだ。


「夢に見るの。足が元通りになるけれど、踊り出して止められない夢。皆、おかしいものを見る目で私を見るの」

「言ったじゃないですか。大丈夫ですって」

「だめよ。私、きっと元に戻ってしまう」

「言ったじゃないですか。夢は必ず覚めるって」


 ツィラローザはエンドリッヒを見た。彼はまっすぐにツィラローザを見ていた。彼の黒い瞳の中には情けない表情をした自分が映っていた。


「どうして大丈夫って言えるの?」

「そりゃもしまた踊りだしたら、俺が止めてやりますから。あんたの傍にいますよ」


 ツィラローザは自分の腕を取る彼の手の温かさをその時初めて意識した。不安が消えたわけではなかったけれど、ツィラローザの心はエンドリッヒに向ける表情に笑顔を選んだ。

 


 王城に戻ったツィラローザが何度となく不安に陥った時に思い出すのは、その時のエンドリッヒの言葉だった。今のツィラローザがこの王城の中で信じられるものはエンドリッヒだけだった。エンドリッヒに見放されてしまっては、情けない事だが自分はどう生きればいいのかわからなくなってしまう。


「はい、見てますよ」


 だからエンドリッヒが瞳を僅かに細めながら答えてくれるとツィラローザの心の奥は心地よく温かくなったし、彼の瞳の中に映った自分の顔はひどく幸せそうな表情をしていた。


(エンドリッヒがいてくれるなら、私はどんなことでも耐えられるし、生きていけるわ)


 これから長く暮らすであろう異世界のようなこの王城の中でも、エンドリッヒが傍にいてくれるならツィラローザは心を保ち、胸を張って歩くことができるような気がしていた。

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