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34.気配

 

「素晴らしいですね。想像以上、いえ……期待以上の成果でした」


「ど、どうもです……」


 酷い疲労感に襲われた私とミトは、自分よりもずっと大きな獲物を軽々と担いで歩くライオネットの後ろ姿を見ながら、ガハルド達が待つ場所へと向かっていた。



 森の生態系が以前と同じであるのなら、当然そこには普通の動物も暮らしている。

 狩の経験なんて殆ど無くても、私の固有能力ギフトを使って狩人の動きを再現すれば良い。


 そう思っていたのは最初だけ。

 技術的な事は能力任せでもどうにかなったのだけど、地上と違って魔物の気配が濃い分、警戒心が異常に強く、探し出すだけでも相当の集中力を必要としたのだ。


 技術だけでは駄目。その能力を使う私自身にも狩人の知識が必要だと思い知ることになった。

 ミトのフォローもあって無事に獲物を捕まえられたのは偶然だったと自覚している。

 正直言って魔物と戦うよりも疲れた。



「そういえば、ロアさんは面白い気配の消し方をしていましたよね?あれはご自分で?」


「え?あ、ああ、アレはですね……」


 そうそう、一つ大きな収穫があったとすれば、自分の気配の消し方を覚えた事だろう。


 気配を極限まで抑え込むのを思い付いたのはレイヴンや少年の真似だ。

 そもそもあんなに強いレイヴンが、戦っている時とは全くの別人のように気配が薄かったのを思い出したのもある。


 私が昔知り合った狩人のおじさんも相当な腕前の持ち主だったけれど、レイヴンほどの落差は無かったと記憶している。


「そうでしたか。いろいろな方とお知り合いなんですね」


「ええ、まあ。気配を消せたのは、その……ぐ、偶然ですけどね」


「偶然?それにしては随分と手慣れた様子でしたけど……」


「あ、えっと!そ、そうだ!ライオネットさん!一つ質問良いですか?」


 竜人特有の固有能力を使ったと説明して根掘り葉掘り聞かれるのは面倒だ。


「え、ええ。私で分かることならでも良ければ構いませんよ?」


「じゃあ……」


 私はここで戦闘中のレイヴンが気配を隠さない理由をそれとなく探ってみることにした。


 確かレイヴンの説明によると、ダンジョン探索で依頼をこなす為に必要な知識の一つに『見つけられる前に見つけろ』というのがあった。

 狩の獲物よりも敏感な魔物を先に見つける為には、こちらの気配を全く気取られないように立ち回る事が前提となる。

 一体どうやれば戦闘行為中にそんな真似が出来るのか検討もつかないが、やり方が分かればギフトを使って再現してみる方法も使えるかもしれない。それに、意図的に戦闘を避けることにも使えそうなので知っておいて損は無いと思うのだ。


「んー、見つけられる前に見つけろ、ですか。それを貴女に言った方もなかなか無茶を言いますね」


「あはは……ですよねぇ」


 ライオネットは少し考えるような素振りをして、あくまでも知り合いの話だと前置きしてから話し始めた。


「結論から言えば、可能です」


「そんなこと本当に?」


「私の知り合いにそれはもうとんでもない人がいましてね。気配を消す技術は勿論、それを操る術に長けていて……とにかく戦うことに関しては出鱈目が服を着て歩いているような人です。この目で実際に見たわけではありませんが、その気になれば一度も魔物に発見されないままダンジョンを突破してしまう事も可能な筈ですよ」


「そ、そんな人が⁈ でも、私の知っている人は戦闘中にむしろ気配を大きくしてるんですよ。何か意味があるのかと思ったんですけど、私には分からなくて」


 私の言葉を聞いたライオネットの表情が少しだけ張り詰めたようになると、何かを思い浮かべるように一度目を閉じてから、ゆっくりと私の方を見た。


「戦いの最中にあって気配を大きく。ですか。ロアさん、それは気配を消すよりもずっと難しい事ですよ」


「それってどういう?気配を消さなくて良いのに難しい?」


「ええ、そうです。気配にも使い方があるんですよ。……例えばそうですね、今から私を見て気配を感じ取ってみて下さい」


「あ……」


 ライオネットが気配を抑えた途端に、目の前にいる筈のライオネットの存在を正確に認識出来なくなった。


(不思議な感じ……。だけど……)


「そうです。気配を絶ったとしても、こうして姿を見られては効果が激減します。しかし逆にーーー」


「ッ!!!」


 そう言った次の瞬間、にこやかな顔をしていたライオネットの目が魔物と対峙した時の様な厳しいものへと変化し、纏う気配が急激に膨れ上がった。


 自分の感覚がぼやけていくような、遠くなるような鈍く重たい鉛に包まれたような感覚が私の体を支配していく。


(どうして⁈ だけどレイヴンと戦った時とは違う……)


 ライオネットは気配を抑えて獲物を担ぎ直すと、今度はゆっくりと歩きながら話し始めた。


 その横顔に先程までの穏やかさは無い。

 何か思い詰めたような、悔しい事を思い出しているようにも見えた。


「……残念ながら今の私にはこの程度しか出来ませんが、それでも相手の感覚を鈍らせることくらいは出来ます。もっとも、気配を操れたとしてもこの方法はあまりおすすめ出来ませんけどね」


「どうしてですか?そんな方法があるなら魔物相手にだって」


 レイヴンのような規格外の強者には通用しないにしても、感覚を鈍らせることが出来るのなら、魔物にも十分に通用する便利な方法だ。


「言いたいことは分かります。ですが、魔物相手にこんな無茶な方法は通用しませんよ。私が今やってみせた程度では、逆に魔物の餌食です。敵を前にして気配を隠さない、気配を大きくする行為は、相手との実力差が天と地ほどにかけ離れていなければ最大の効果を発揮しません。未熟な力では、いたずらに刺激するだけ。それを跳ね除けられるだけの実力が伴わなければ何の意味もありません……」


「そんな、でもライオネットさん“凄く強い” のに……」


「(おや……)どうでしょう……上には上がいくらでもいますから」


 ライオネットは己が敬愛する主と、その主すらをも超えた領域にある二人の人物の姿を思い描いていた。


 あの二人であれば気配と言わず、一瞥しただけで魔物の動きを止めてしまう事も可能だろう。

 常人では決して手の届かない高い頂。

 力が全てでは無いと理解していても、少しでも近付きたい。


「……では、私からも一つ質問しても良いですか?」


「は、はい。答えられる範囲なら……」


 ライオネットは突然現れた少女が碌でもない事態に巻き込まれている事に薄々勘付いていた。

 旅支度も無いまま、この階層で生き残っている時点で自分やガハルドど同等。或いは自分達以上の実力者である事は明白だ。

 しかし、今はそれでどうにかなったとしても、魔物の中には集団で立ち向かったどころで、どうにもならない強力な個体が存在する。



「フルレイドランク、ですか?」


「そうです。そんな魔物とばったり出くわしたら、貴女ならどうしますか?」


  Sランク以上の冒険者が複数パーティー集まったとしても討伐が困難と言われる最強の魔物種。

 長い長い準備期間を設けても人間が勝てる保証は無いとされている化け物だ。

 過去にもフルレイドランクの魔物一体に街を滅ぼされた記録があるのを知っている。


「私は、私ならすぐにでも逃げたい……だけど、逃げられない時もあると思う、……ます」


「理由を聞いても?」


 私は胸の奥にしまいこんだ苦い記憶が蘇っていくのを感じながら理由を話すことにした。



すみません、遅くなりました。

次回投稿は8月11日を予定しています。

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