32.冒険者パーティーとの遭遇
ある程度昔の感覚が戻って来たところで、戦闘中の冒険者パーティーに遭遇した。
あまりに地上と似たような地形なので忘れがちだが、ここはダンジョンの中。
常識や物事の法則が通用しない場所だ。そんな危険な場所で同じ冒険者に出会うことが出来たのは連戦で疲れていた私達にとってありがたいことだった。
「ん?お前ら二人だけか?」
こちらから声をかけようとしたら向こうから声をかけてきた。
まだそんなに近くにいる訳でもないのに知り合いに声をかけているかのような大声だった。
周囲には魔物の気配も無いし、ひとまず安全なのだけれど、さすがの私達でも緊張する。
最初に声をかけてきたのは、ガハルドという名の大きな体に立派な鎧姿の戦士風の大男。
一見ガサツそうにしか見えないけど、隣にいた仲間の人に何か指示すると、飲み物を分けてくれた。
「あ、ありがとうございます」
「お気になさらず。ダンジョンではお互い様ですから」
私達は喉が渇いていたのもあって、直ぐその場で飲む事にした。
「うわっ!何これ⁈ すっごく美味しい!」
「ほんと……しかも体の中から力が湧いてくるわ」
「どうだ!驚いたか?そいつは今中央でもなかなか手に入らねえ特別な回復薬だぜッ!ガハハハハハハ!!!」
「「ひぃうっ……」」
「そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。ガハルドは見た目は粗暴ですが、面倒見は良いので」
その隣にはこれまたダンジョンには似合わない綺麗な顔をした少年が立っていた。
名前はライオネット。ガハルドと同じ装飾の鎧を身につけていて、パーティーの中では一番若いように見られた。
「チッ、余計なこと言ってんじゃねえよ。まあ、良い。俺はガハルド。このパーティーのリーダーだ。んで、このヘラヘラしたのが副リーダーのライオネットだ」
「ヘラヘラだなんてしてません。この顔は元からです。……失礼。私はライオネット。よろしくお願いしますね」
「あ、えっと、私はロア。それから……」
「私はミト。“見ての通り”私達二人は竜人よ」
「そうか。で、他には仲間はいないのか?」
「え……?」
(ミト?)
ミトは意表を突かれたような少し驚いた顔をして、簡単に事情を説明した。
嘘は吐いていないが、レオンハルトの事しか話していない。どんなに気の良さそうに振る舞う相手でも警戒は必要だ。
「ーーーという訳なんです」
「なるほどなあ、仲間とはぐれちまったのか。んー……見つけるのを手伝ってやりたいとこだが、俺達も手がいっぱいでな」
「でしたらガハルドさん。次の目的地まで彼女達と一緒に行きませんか?」
「は?そいつは構わねえが、んな事勝手に決めて良いのかよ?」
(うっ……)
ジロジロ見られるのは好きじゃない。
いやらしい感じじゃ無いけど、値踏みをされているのだという事くらい分かる。
私はミトの陰に半分隠れるようにして後退った。
ライオネットは私達の様子を見て苦笑した後、一緒にいた仲間達に集まるように合図を出して話を続けた。
「見たところ、満足に物資を持っていないようですし。それに、この階層まで来られたのなら頼もしいじゃありませんか」
「腕はともかく、俺としちゃあこんな場所へ手ぶらで来てる危機感の無さが気になるんだがな」
これは非常にまずい。
またも勝手に話が進んでいる事もそうだが、ガハルドの言う通り碌な用意も無しにダンジョンの中を彷徨いているなんて怪し過ぎる。
事情を説明して分かってくれるなら良いけど、普通の冒険者に竜王様やレイヴンの話をしたところで笑われてしまうのがオチだ。
とは言え、説明しない限り怪しまれたままだ。助力を得られるかもしれないのだ。この場はどうにかそれらしい説明をしてみる他には無いと思う。
「あ、あの。私達はですね……」
ところが、ライオネットは私達に目配せしてガハルドを説得し始めた。
「女性の旅理由を詮索するなんて野暮ですよ。荷物が無いのも二人だけなのも何か事情がある事くらい少し考えれば分かることです」
「そ、そりゃあな……」
ガハルドは少しの間どうするか悩んだ後、私達を連れて先の階層へ向かうと言い出した。
仲間達へ説明している間に私とミトはライオネットに本当に良いのかとこっそり聞いてみた。
「迷惑?あはは、そんな事ありませんよ。詳しい事情は知りませんが、ここ最近の“お嬢” の様子から察するに、きっと何か関係があると思っただけです」
「「お嬢???」」
疑問符を浮かべるライオネットは私達の顔をまじまじと見た後、「ああ、なるほど」と呟いてまた話し始めた。
悪い人ではないみたいだけど、私はこの“分かってますよ”という態度で話を進める感じが苦手だ。私の経験上、自分だけ納得して話を終わらせてしまうタイプは何を考えているのか分からない事が多いからだ。
(私も似たような態度をとることがあったかもしれないし、駄目ってわけじゃないけれどね)
「お嬢というのは僕達が敬愛の意味を込めて呼んでいる呼称ですよ。今では竜王だなんて呼ばれ方が浸透していますけれど、それでも僕達にとってあの人は剣聖のままなんです」
そう言って微笑んだライオネットの顔は年相応の柔らかなものだった。
だが、事情を聞いた私はそれどころじゃ無かった。
少年の仕掛けた幻覚魔法の件がある。
こんなに都合の良い事が続くと疑いたくもなるものだ。
「ね、ねえミト。もしかしてこれも……?」
ミトは私の言いたいことを察してくれたのか、移動の準備を始めているガハルド達に視線をやった後、首を振って否定した。
「おい、ライオネット!今日は次の階層へ行くのは中止だ。すぐこの先にある洞窟で野宿するぞ」
ガハルドは野宿すると言ったが、ダンジョン内に浮かぶ太陽のような光はまだ昇り始めたばかりだ。
次の階層へ行かないにしても、そんなに慌てて準備をする意味が分からない。
この階層がどのくらいの広さなのか知らない私達がとやかく言える立場じゃないのは承知しているけど、明るいうちに先へ進んでおいた方が良いと思う。
しかし、ライオネットはガハルドの提案をあっさり受け入れた。
「分かりました。それが良いでしょう。ではーーー」
「え?な、なんですか?」
困惑する私達の前に差し出されたのは剣と弓。
随分と使い込まれた跡がある事とよく手入れがされている事以外には、ごくありふれた品だ。
「ここはダンジョンの中ですけれど、山や森、生態系は地上となんら変わりありません」
「そ、そうみたいですね……」
「一緒に旅をするのなら、貴女方も私達の仲間です。ほら、よく言うでしょう?同じ釜の飯がってやつですよ。ロアさんとミトさんには腕前を披露してもらうついでに今晩の夕食を調達して来てもらおうと思います」
「「……」」
ライオネットに半ば無理矢理に剣と弓を渡された私達は、突然の展開に理解が追い付かないまま、ライオネットと共に薄暗い森の中へと足を踏み入れる事になった。
次回投稿は7月31日を予定しています。




