28.レイヴンって何者?
「また貴女はそうやって……。怯えているではありませんか」
「あら、そう?」
エレノアはカレンの後ろから呆れた顔を覗かせた。
どんな仕草をしても凛とした空気を纏う姿が美しい。
「何か事情があるのは分かりました。良いでしょう。依頼とあれば話を聞くのも吝かではありません。ですが、その前にーーー」
エレノアは不思議な模様の浮かぶ腕を腰にあて、私達の方へと向き直った。
「肩書きなど与えられた役割にしか過ぎませんよ。確かに私は、最高位冒険者の一席に名を連ねている事を光栄に思っています。が、しかし、それは私という人間を表すほんの一部分でしかありません。最高位冒険者という肩書きだけでその様な畏った態度を取られるのは心外です」
「え、でも……」
最高位冒険者と駆け出しの冒険者とでは天と地ほどもの違いがある。雲の上の存在だ。
何でも思うままに出来てしまえる立場にある人の言葉とは到底思えないものだ。
しかし、エレノアは少し困った素振りを見せながら言葉を続けた。
「そうですね……もっと気楽にして下さい。友人とはいかないまでも、“同じ冒険者同士” なのですから。その方がお互いにずっと良い話し合いが出来ると思いますよ」
「「ふぁ……」」
そう言って笑うエレノアの姿を見た私とミトは、揃って見惚れてしまった。
笑った瞬間に肌に薄っすらと浮かぶ不思議な模様が淡く光って神々しくすらある。
最高位冒険者とこうも立て続けに出会うのも驚いているのに、エレノアはそんな事は重要では無いと平然と言ってのけた。
竜王様達、各国の代表者達による厳正な審査によって選ばれたというだけでも、冒険者であること以上の付加価値を持つのは想像に難く無い。
どこへ行こうとも、格別の待遇を約束されていることだろう。
そんな人が言う言葉とは思えないことに私は好感を抱いていた。
私ならどうするだろうと考えたところで、呆気にとられていた受け付けの女の人がようやく動きだした。
「ま、まままままま……待って下さい!そんな勝手な事をされては困ります!お嬢……じゃなかった、竜王陛下になんて報告すれば⁈ いくらお二人でも組合の規約を守って頂かないと他の冒険者達への示しが……!」
受け付けの女の人は泣きそうになりながらカレンにしがみ付いていた。
そのあまりの必死の形相に、見ているこちらまで手にじんわりと汗が滲んでくる。
示しがつかないという意見には私もミトも同意するところだ。
同じ冒険者であることに違いないが、それでもやはり役割を果たそうとするなら、最低限の体裁は必要な事だと思う。
けれど、そんな私達の考えを今度はカレンが一蹴した。
「細かいこと気にし過ぎ。そんなの適当に言っておけば大丈夫よ。守らなきゃならない体裁の為に最高位冒険者を引き受けた訳じゃ無いもの。それに……」
「……ええ、そうですね。こちらが気にするまでも無く、リヴェリアには“見えている” でしょうから」
「偶然というよりは必然……か。ま、どうせまた碌な事しか考えていないでしょうけどね。レイヴンの一件以来シェリル達と大人しくしていると思ったら……」
(レイヴンの一件……?)
「世界の変革からまだいくらも経っていませんし、仕方がないのでは?それに、我々にはリヴェリアの見ている世界など想像もつきません。……しかし、そうであるならば、尚更この話は聞いておかなければなりませんね」
(世界の変革?それに、見えている?)
「リヴェリアが動いた以上は必ず何かあるものね」
「ええ。調査を予定より早く切り上げて戻って来たのは正解でした。これも見えていたのだとしたら正直ゾッとしますね」
二人の話は全く要領を得ないものだ。
おそらく“見えている” というのは、竜王リヴェリア様が持つと言われる固有能力。
全てを見通し、未来視にすら到達していると噂される金色の目の事だと思う。
世界の変革とやらも、地上から魔物が消えた事と魔物混じりが減り、尚且つ魔物堕ちが発生しなくなった事を指しているに違いない。
口ぶりからすると今の状況も竜王様には予測済み。だとすると、少年とレイヴンが突然姿を消したのも予め計画されていた可能性すらあるということだ。
そして、この切迫した状況下で最高位冒険者の二人が私達の前に現れることも。
「そうねぇ……。それにしてもエレノアはすっかりレイヴンの考えが染み付いているわね」
「そうでしょうか?別にそういうつもりでは……。強いて言えば、レイヴンのように肩書きでは無い、己という存在を周囲に認めてもらいたいだけです。私には私の道がありますから」
「……そうね。その通りだわ。レイヴンを見てると不思議と影響されちゃうわね」
二人がレイヴンの事を話す様子はとても新鮮で意外だった。
言葉の節々からレイヴンへの尊敬の念が伺えるのも面白い。
序列はあっても、カレンとエレノアもレイヴンと同じ、誰もが認める最高位の冒険者だ。そんな二人が最高位冒険者筆頭レイヴンへの尊敬を隠しもしないのは、最高位冒険者同士のギクシャクした関係を想像していた私にとって驚きだった。
こう言ってはなんだけれど、あの無愛想な顔だけ見ていると、レイヴンという人間がとてもつまらなく感じられる。
それでも尚、竜王様達や少年、クレアやルナからはとても慕われていると感じることが出来る一幕を目にする機会があったことは確かだ。
(エレノアさんの言ったことがレイヴンの考え方?まさか……ね)
ぶっきらぼうで不器用。
化け物みたいな圧倒的な強さを持っているのに、一生懸命に言葉を選びながら、一つ一つ真剣に、丁寧に説明する姿が印象的だ。
最高位冒険者筆頭レイヴンがもしも本当にエレノアが言ったことと同じ事を考えているのだとしたら……。
(……本当にそんな事が?)
最強にして最高の冒険者。
おそらく世界で唯一、何者にも縛られない正真正銘の自由な冒険者。
神や悪魔でさえ迂闊には手を出せなかったという竜王リヴェリア様にですら手に余る程の人物……。
だからといって、権力や肩書きの一切を意に介していないだなんて本当にあり得るのだろうか?
私だったらまず間違いなく慢心する。
いや、私でなくても強大な力を持てば誰だっておかしくなるに決まっている。
(だけど……クレアとルナって子達はとても楽しそうだった。レイヴンって何者?)
レイヴンの持つ不思議な魅力の正体。
強さや肩書きでは無い、もっと根本的な人間の魅力とでも言うべき物のがある。
最高位冒険者であることなんかよりももっと大事で特別な何かだ。
事実、私もレイヴンの事が気になっている。
「お話の途中にすみません。時間が無いのでそろそろ本題を進めさせてもらっても良いですか?」
「ごめんなさいね。レイヴンの話題となるとつい。それじゃあ本題に入りましょうか」
私はミトの声で思考から浮上すると、改めてカレンとエレノアに向き直った。
二人とレイヴンの関係も気になるけど、今はレオンハルトの身が案じられる。
最高位冒険者の力を借りれば簡単に見つけられる。
この時の私はまだそんな甘い考えを抱いていた。
次回投稿は7月7日を予定しています。




