27.二人の美女
組合と言ってもここは所謂出張所というやつだ。
簡素な造りというよりは、本当に最低限の事しか機能が無いのだという事は直ぐに分かった。
小さな受け付けに若い女の人が一人。脇にある壁一面には依頼の紙が貼られている。
それ以外には椅子が何脚か置いてあるだけで、とても長居出来るような広さは無い。
「あ、あの!」
「はい?」
受け付けの女の人は気怠そうに顔を上げると、ズレかけていた眼鏡を元に戻した。
「依頼……というか相談なんですけど……」
「はあ……」
まるでやる気の感じられない様子が不安だったけど、とにかく事情を説明してみる事にした。
話を聞いている間も怠そうにしていて、とても二十階層を任されている職員とは思えなかった。
明らかに相談する相手を間違えた様な気がするけれど、ここである程度の話を通しておかないとSランク冒険者の協力を得られなくなってしまう。
「ーーーと、いう訳なんです」
話した内容は私達がここに至るまでの全てだ。
竜王リヴェリア様達との会食から賢者マクスヴェルト、最高位冒険者筆頭レイヴンの指導を受けているという話も全てだ。
信じてもらおうというより、嘘を言わない様にだけ注意して話した。
調べれば分かるような安易で安直な嘘は身を滅ぼす。
私が出会って来た人から得た教訓だ。
当たり前の事だが、交渉ごとにおいて嘘は厳禁。それが例えば、どんなに些細で小さな小さな嘘であってもだ。
ほんの僅かな違和感も相手に抱かせてはいけない。
「はあ……。事情は分かりました。しかしですね……」
「嘘は言ってません!調べてもらえば分かります!」
「私達にはあまり時間がなくて、誰か手伝ってくれそうな人を紹介してくれるだけでも良いんです」
「いえ、そうではなくてですね……」
女の人は最初よりは少し引き締まった表情にはなったものの、今ひとつ煮え切らない態度は変わらなかった。
異変を察した他の職員が奥の方から顔を覗かせていたが、冒険者というよりは事務員といった風だ。
「あーーー!また負けた!」
「え……今のは勝負だったのですか?私はてっきり早く帰りたいだけなのかと思って手伝ったつもりだったのですが……」
「そういう鈍感な態度が更にムカつくわ!」
「そ、そう言われましても……」
大声で話しながら組合に入って来たのは、赤毛が特徴的な金色の目をした竜人の綺麗な女の人と、白い髪と魔物混じり特有の赤い目が美しい凛とした女の人だった。
どちらからも不思議な力を感じる。
何気ない動作を見ていると、少年やレイヴンとは違う意味で見惚れてしまいそうになるくらい画になっていた。
纏っている気配の質がまるで違う。
二人が一流の実力を持つ冒険者だとすぐに理解出来る程にだ。
「あら、珍しい。お客さん?初めて見る顔ね」
「この階層まで来られるのなら、私達が知らない筈は無いのですけど……。私も初めて見る顔ですね」
「あ、えっと、その……」
突然二人に話しかけられて動揺してしまった私の前にミトが歩み出た。
「初めまして。私の名前はミト。こっちは幼馴染のロアです。かなりの実力者だとお見受けしました。失礼かもしれませんが是非お二方に力を貸して頂きたいのですけど、お話しを聞いてもらえませんか?」
(おお……さすがミト……。初対面なのに全然物怖じしないなんて頼りになるなぁ)
つらつらと話す姿はまるで最初から台本でもあったかのように様になっていた。
「へぇ……。それは私達への依頼という事かしら?」
「依頼、ですか。ひと段落ついた所ですし、私の方は構いませんが……」
「ちょ……!ちょちょちょちょちょちょ!ちょーっとこちらへ!!!」
「うええ⁈ な、何⁈ 」
このまま上手く話が進むと思われた矢先、受け付けの女の人が血相を変えて私とミトの肩を掴んで奥へと連れて行った。
さっきまで気怠そうにしていたのとは打って変わって、呼吸を荒くした顔にはびっしょりと大量の汗をかいていた。
肩を掴む手には異常に力が入っていて痛い。
「あ、あの二人は駄目です!実力者であるには違いありませんけれど、絶対の絶対の絶対に駄目なんです!」
「ど、どうしてですか?依頼料が高いのは分かってるし……それも交渉次第なんじゃあ……」
「交渉⁈ とんでもない!いいですか、私はーーー」
これは初耳だったのだが、組合の受け付けは意外な事に誰でもなれる訳じゃ無いのだそうだ。個人の性格は二の次で、まず第一に求められるのは『嘘を見抜く力』だそうだ。
依頼をする側も受ける側も不利にならないよう、正当な依頼内容と依頼料を定める為には悪意のある依頼は厳禁。
中には巧妙な手口で闇取り引きに利用しようとする者がいるが、バレれば依頼差し止め、冒険者であれば資格剥奪と厳しい処罰が待っている。
だからこそ、この受け付けの女の人は、私の一見作り話としか思えないような話でもちゃんと聞いていたという訳だ。
組合の職員からしても、竜王リヴェリア様や最高位冒険者筆頭レイヴン、賢者マクスヴェルトといった、そうそうたる名前は雲の上の存在だ。
駆け出しであろうとも、仮にも冒険者を名乗る者が、その名前を使ってまで嘘を吐く理由を探す方が大変だと思われていたらしい。
「とにかく、最高位冒険者筆頭レイヴンさんの指導を受けている事と、あの二人を雇うことには大きな違いがあるんです!何故ならあの二人はーーー」
「最高位冒険者第四席エレノアさん。同じく最高位冒険者第五席カレンさん。でしょ?二人への依頼料が出鱈目に高額な事くらい知ってるわよ。カレンさんが中央大陸の商会の長で、生半可な交渉はまるで通用しない事もね」
「「へ?」」
「いや、何でロアまで驚くのよ。マクスヴェルト様から貰った記憶に二人の顔と名前があるでしょう?」
「あ……」
「しっかりしてよね」
最高位冒険者への依頼には制限がある。
以前の話にもあったように、レイヴン、クレア、ルナの三名に対して、一国の王ですら個人的な依頼を出せないのとは別に、最高位冒険者への依頼には制約が多い。
依頼料が高額なのは当然として、他にも一般には明かされていない基準があるのだそうだ。
最高位冒険者第五席カレンに至ったは、ミトが言ったように中央大陸の商会を束ねる長でもある。
出鱈目に強いとされる最高位冒険者が金と物の流れすらも操れる立場にあるだなんて反則だ。
「そこまで知った上での事なら話が早いわね。良いわよ。話くらい聞いてあげる」
「ひぃ……!」
赤毛の冒険者カレンが受け付けの裏側の扉から入って来ると、悪戯不適な笑みを浮かべて受け付けの女の人の肩を掴んだ。
次回投稿は7月3日を予定しています。




