24.気掛かり
レイヴンと少年が何処かへ行ってしまった後。結局、私とレオンハルトは喧嘩別れをしてしまっていた。
レオンハルトがチャンスを掴みたい気持ちが分からない訳じゃない。事がこんなに急に進んでさえいなければ、私達にとっても良い話だと思うから。
「なんなのよもう!私がせっかく注告してあげたのに!」
私はミトとレオンハルトを残したまま、一人で宿屋を飛び出していた。
町の中には武器屋や魔具を扱う店もある。地上でもこんなに整った町は数えるくらいしか無かったと記憶している。
ただ、どういう訳か来た時には大勢いた冒険者達の姿がまばらで、町は閑散とした様子だ。
(皆んな何処に行ったんだろう?)
昼夜の概念が無くとも眠気はやって来る。
今が昼なのか夜なのか曖昧だけど、少なくとも夜であれば宿屋はもっと人で賑わっていた筈だ。だとすると、依頼をこなしに行ったと考えるのが妥当なところだが、不思議なことに人が少なくなっているのに、レイヴンや少年の気配が町の何処にも無い。
私なんかが気配を探れる相手じゃないのは分かっているけれど、町の規模を考えれば姿を見つける事くらい出来そうなものだ。
(まさか、私達を置いて地上へ帰った?はは……いくらなんでもね……)
少年はともかく、あんなに真剣に教えてくれていたレイヴンまで私達を放り出すとは思えない。
よく分からない部分が多いし、いざ戦いとなると物凄く怖い。だけど、それと同じくらい優しい人だ。
強いだけじゃ無い何か特別な魅力をレイヴンは持っている。
ーーーぐうぅ。
「そうだった……話に気を取られて、ほとんど食べられてなかったんだ……。どうしよう……」
お腹は空いたけど、飛び出して来た手前、どんな顔をして宿屋に戻れば良いのか分からない。
「せめてミトが一緒に来てくれていれば……」
ミトは私とレオンハルトの言い争いに途中から口を挟まなくなった。
単に呆れただけなら良いけど、もしも機嫌を損ねていたら暫くは口を聞いてもらえないかもしれない。
先に地上に戻ろうにも、ここは二十階層。地上までの長い長い道のりを歩いていける力も備えも無い。
レイヴンが言うには私達の実力では精々、四か五階層止まり。
私が持つギフトの能力を知っていてそうなのだから、万が一にも自力で地上へ戻るなんて事は考えない方が良さそうだ。
「やっぱり、ちゃんと謝ろう。私も言い過ぎちゃったし……。このままじゃ全然楽しくないもんね……」
私はずっと状況に流されっぱなしな自分に苛ついて、レオンハルトに八つ当たりしていただけだ。
このままじゃいけない。
レオンハルトがあんなに必死になる理由をちゃんと聞こう。
詳しい事は教えてもらえなくても、話し合って落とし所を見つける方が、モヤモヤしているままよりずっと良い。
私は念の為にレイヴン達を探して、もう一度町の中を歩いてから宿屋へ戻る事にした。
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「これで良かったの?」
「ああ。助かった」
ロアが町中を探し回っていた頃。
レイヴンとマクスヴェルトは宿屋の屋根の上で気配を消して座っていた。
いかに探知力に優れた冒険者であっても、本気で気配を絶った二人を見つけられる者はいない。
「それにしてもさ、流石にちょっと強引過ぎない?レイヴンがあの二人を気にかけているのは分かるけど、焦ったって良い事なんか無いよ?」
「分かっている。……だがな、あの二人というよりも、俺はレオンハルトの事が気掛かりなんだ」
「レオンハルトの?確かにエルフは数少ない希少な種族だけれど、魔物混じりである事を除けば彼は普通のエルフだよ?」
レイヴンの願いの力によって、一部の例外はあるものの、ほとんどの魔物混じりが普通の人間に戻った。
迫害を受け続けた彼等魔物混じり達の願いを叶えた訳だが、魔物混じりである事を良しとする者や、魔物混じりである事以上に他の願いが強い者には作用していない。
レオンハルトもそんな魔物混じりの一人だというのは分かるのだが、レイヴンの調査でも本人が何を一番望んでいるのかは掴めなかった。
「一族の再興と言った言葉は本物だろう。だが、真実じゃ無い」
「カイト……」
マクスヴェルトは唸る様にしてその名を絞り出した。
カイトは悪魔だ。
北のニブルヘイムで起きた事件の首謀者の一人。悪魔故の純粋な願いを持ってレイヴンの前に立った。
いろいろあって、今ではレイヴンの力で生まれ変わり、白い猫の姿となって女王レイナの補佐をしている。
「そうだ。カイトも同じだった」
「同じ?」
「口では本当の事を言っているのに、実際には真実では無かった。嘘を吐いていないというだけで、レオンハルトの目的がそうだとは限らない。何か引っかかる……」
レイヴンの驚異的な直感をもってしても、相手の本心を測りかねるというのは珍しい。
カイトは人心掌握に長けた悪魔だ。嘘を吐かずに真実を隠す事くらい造作も無い。
けれど、そんな悪魔ですらレイヴンの直感は誤魔化しきれなかった。
だとすれば、思いあたる理由は一つ。
「そっか、エルフだからだ……」
「そのようだな」
「……もしかして、レイヴンはあの二人ならって?」
マクスヴェルトは無愛想な顔のまま考え込むレイヴンに問いかけた。
あの二人とレオンハルトとでは冒険者になりたい理由が違い過ぎる。
どんな理由で冒険者を目指そうと自由だ。けれど、マクスヴェルトがわざと煽ってやらなくても、いずれ言い争いは起きていたと思う。
「まだ分からない。ロアが言う“楽しい” とやらが上手く作用すれば或いは……そう思っている」
ロアの持つ固有能力ギフトは使い方を誤れば危険な力だ。
リヴェリアは問題無いと言うが、実在しない筈の物を具現化してしまう力は驚異になり得る。
「シェリルとステラも呼ぶ?ついでにリヴェリアも」
「いや。クレアとルナに手伝ってもらうつもりだ。強引な方法だが、早いか遅いかの違いだからな」
マクスヴェルトはそう言って立ち上がったレイヴンの背中を見つめて笑みを溢した。
「ふふふ。相変わらずお節介が好きだね」
「別に……」
二人は自分達を探し回るロアの姿を見届けてから町を後にした。
次回投稿は6月20日を予定しています。




