22.レイヴン
意外というか、全部私が勝手に思い込んでいただけなのだけど、レイヴンは何というか面白い。
訳が分からないくらい強くて怖い一面を持っているのに、何気ない会話は戦っている時よりもずっと庶民的で面白い。
何か特別おかしな事を言ったりする訳じゃ無い。ただズレているというか、当たり前の事を話しているだけなのに、そういう『当たり前』を話す時のレイヴンは、新しい事を覚えたばかりの子供の様に無邪気な一面を覗かせる。
表情は相変わらず無愛想だけど、私には“楽しくて仕方ない” そんな風に見える。
最高位冒険者だからと威張ったりする様子も無いし、教え方も凄く一生懸命で、何かを伝えたいという想いが言葉に宿っているのも良い。
お母さんみたいに優しいリアーナさんとレイヴンの間に、一体どんな関係があるのかは分からない。だけど、レイヴンと一緒にいたいと思う気持ちは分かる気がする。
レイヴンがリアーナさんに頭が上がらない理由も気になるところだ。
(きっと、あのクレアとルナって子があんなに怒ったのも、普段のレイヴンを知っているからなんだ)
もう一つ分かった事がある。
それは、少年マクスヴェルトの態度だ。
竜王様達と話している時も自然な様子だけれど、レイヴンと話す時の少年はレイヴンの言葉を一つ一つ待っている節がある。
じっくりと聞いて、頷いたり笑ったり。
一度喋り始めたら止まらない少年とは別人だ。
「ああ、すまん。つい喋り過ぎた」
やっぱりだ。
見た目には何も変わらないのに、レイヴンは当たり前の事を話すのが楽しいらしい。
バツが悪そうにしている様子も面白い。知れば知るほどレイヴンに興味が湧いて来る。
「たまには良いじゃない。普段はなかなかダンジョンから帰って来ないんだしさ」
「そう言えば、まだ未開拓の階層があるんですよね?もしかして調査ですか?」
「それもあるが……」
レイヴンは、珍しくレオンハルトの質問に言葉を詰まらせた。
未開拓の階層の情報はまだ教えられる段階には無いと言う事なのだろうか?
「これは、ここだけの話なんだけど」
そう言った少年はダンジョンの未開拓領域について話してくれた。
世界各地にあるダンジョンは、とある階層から魔物が極端に強くなる。
最低でもレイドランク。フルレイドランクの魔物に遭遇するのも珍しくは無いそうだ。
そんな危険な場所の調査は最高位冒険者の中でもレイヴン、クレア、ルナの三名にしかこなせない非常に難しい仕事で、一般に開放しても良いかどうかの判断にも時間がかかる。
というのは表向きの話で、実際にはもっと他の理由があるらしい。
「「……へ?」」
「マクスヴェルト様、今なんて……」
「リヴェリア達が先行して旅をしてるんだよ。誰も見た事の無い景色を一番に見つけるんだって息巻いててさ。ほら、王城にシェリルとステラっていう片翼の双子がいたでしょう?それに、第五席の団長カレンと僕を含めた五人であちこち見て回ってるんだ」
二十階層から先は、何処も常識では考えられない世界が広がっている。
今いる階層を全て探索するだけでもかなりの時間がかかる事になる。
「実際、魔物の強さも階層が深いなる毎に増して行く。現状把握しているだけでも厄介な魔物が多い。特に階層主と呼ばれる魔物は面倒だ」
「階層主?フロアボス的な?」
「そうだ」
階層主の強さは並の冒険者では全く歯が立たない。
レイドランクともフルレイドランクとも違う異質な魔物。
広大なダンジョンの中にランダムに出現する為に対処が難しく、相対したなら一目散に逃げ出すのが良いとされている。
もっとも、逃げられたなら、だが。
「定期的に第二席のクレアと第三席のルナがダンジョン内を見回ってくれているよ。でも、流石にこの広さだからね。あれこれ出現場所の特定に力を尽くしてるけど、全く手が足りていないのが実情さ」
(ん?)
話の雲行きがおかしな事になって来た。
親しく話が出来たのは嬉しい。だけど、駆け出しの、それもまだランクすら与えられていない冒険者に話す様な事じゃない。
異変を感じた私がミトとレオンハルトの表情を伺うと、二人共既に顔面蒼白になっていた。
「そこでだ。お前達三人には、クレアとルナの仕事を手伝って貰いたい。今回の実地試験が終わり次第、本格的な訓練をしてもらう」
レイヴンがフォークに刺さったミートボールを揺らしながら、とんでもない事を言い出した。
私もミトも口をあんぐりとさせて固まっている横で、レオンハルトが肩を震わせているのが目に入った。
無理もない。
どんなに強がっていたって、いきなり最高位冒険者の手伝いをしろと言われたら動揺してしまうに決まっている。
少年の表情を見る限り、この話の流れは想定済みだったのだと分かる。
「ひ、一つだけ聞いても良いでしょうか」
「何だ?」
余計なことを言うんじゃないとレオンハルトの服を引っ張ってみたけど、彼は止まらなかった。
「どうして僕なんでしょうか?……その、そこの二人はレイヴンさんの推薦だと聞きました。納得はいかないけれど、僕だって腕には自信があるんだ。でも……僕にはそんな話は無かった。レイヴンさんは僕の故郷で情報を集めたと仰っていましたが、もう分かってるんじゃないですか?」
レオンハルトの様子がおかしい。
自信に満ち溢れた表情とは打って変わって、拳を強く握りしめた顔は今にも泣きそうだ。
レイヴンはフォークを置いてレオンハルトの顔を見つめて言った。
「エルフの中では一番の落ちこぼれだと聞いた。魔物混じりであったが故に、皆に溶け込めなかったとも」
レオンハルトは肩をビクリとさせた。
レイヴンに憧れているのは見ていても分かる。それだけに、本人から自分の事を聞かされるのは辛いと思う。
「……だが、エルフの中で一番優しく、勉強熱心だとも聞いた」
「う、嘘だ……そんな訳……」
「嘘じゃない。レオンハルト。確かにお前の事を良く言う奴は少なかった。しかし、それは、どれもお前を純粋なエルフとして見たらの話だと言っていたぞ。なかなか最低な評価だ。だがな、誰一人としてお前の実力を疑う者はいなかったし、馬鹿にもしていなかった。それに、冒険者になると言って飛び出した理由も教えてくれた」
「……そんな、皆んなが」
レイヴンは言った。
レオンハルトが一族の再興を目的としていると。
同族から良く言われていないのも純粋なエルフでは無いからだという。それでも、皆レオンハルトの事をちゃんと見ている。でなければ、話を聞いても何も言われない。良い事も悪い事も含めて、ちゃんと見てくれている証拠だ。
もしも本当に嫌われていたのなら、見向きもされていなかっただろう。
「ロア、ミト。お前達も聞いておけ。冒険者は楽な仕事じゃ無い。お前達が想像しているよりもずっと泥臭くて汚い仕事だ。
強い魔物を倒したから誰かが褒めてくれるなんて事も無い。死にかけて大怪我をしようが、自分で引き受けたんだ。依頼人には関係の無い事だ。
勿論、腕があればそれなりに贅沢な暮らしも出来るだろう。だが、そんな暮らしがしたいだけの奴なら、俺は教官になる事を了承したりはしなかった」
「「「え……?」」」
レイヴンはそう言い終わると、私達が一番最初に組合に提出した書類を取り出した。
次回投稿は6月12日を予定しています。




