21.地下に広がる世界②
少年は確かに言った。
『宿屋で食事にしよう』と。
私の目がおかしくなっていないのなら、此処は町だ。それも冒険者の町。
道行く人は皆、武器や防具を身に付けて歩いている。
「驚いた?だけど、こんなに施設が整備されているのは、この場所だけだよ」
新しい冒険者制度は、冒険者の数が増えた反面、質の低下という問題に直面しているそうだ。
元々中央大陸で冒険者をやっていた人達はともかく、北と東の冒険者達は魔物と直接対峙する機会が限られていた為に、経験が圧倒的に不足している。
対策として、中央にいた冒険者が中央以外の場所で依頼を受ける為の政策も行われているらしい。
「具体的には、成功失敗に関わらず、難易度に応じて依頼料の一部を保証している」
「え、それじゃあ失敗してもお金は貰えるの?」
「それなら保証金目当ての冒険者も出て来るんじゃあ……」
ズルをして稼ぐ人達がいても不思議じゃない。けれど、少年は私とレオンハルトの疑問を直ぐ様否定した。
「それは無いよ。やむを得ず失敗した場合はともかく、冒険者が一度受けた依頼を成功させられ無いのは信用問題になるからね。失敗したら次の依頼は、逆に冒険者の方が依頼主に保証金を払う事になってるんだ。成功すればお金は戻って来て、さらに次の依頼からはまた普通の条件で依頼を受ける事が出来る」
冒険者の質を短期間で高めようとすれば、やはり訓練と実績の積み重ねによる経験値の獲得をしていくしかない。
だが、失敗して何も無しでは冒険者の生活が成り立たず、かと言って甘くすればロアが言ったように保証金目当て依頼を受ける冒険者が出て来てしまう。
一つ一つの依頼を真剣にこなす事で、依頼の成功率を上げ、どうすれば依頼を達成出来るのか考えさせようという試みだ。
「依頼を出す側も受ける側も、生活がかかっている。どんなに簡単な依頼だろうと手を抜くなんてあり得ない。いつだって全力だ」
「レイヴンの場合は加減しないと駄目だけどね」
「……」
宿屋の中は清潔で、ダンジョンの外よりも料金が安くて料理もかなりのボリュームだ。
なんでも、冒険者には装備品の手入れを十全にしておいて欲しいので、その他の事はなるべく気にしなくても良いように配慮されているのだとか。
体調管理も仕事の内だなんて固っ苦しい気もするけど、竜王様の一人でも魔物にやられてしまう冒険者を減らしたいというたっての願いが込められていると聞かされては納得だ。
「さてさて、食事をしながら聞いて欲しいんだけど、ロア、ミト、レオンハルトの三人にはこれから先もずっと同じパーティーで仕事を受けてもらいたいんだ」
「はあ⁈ 何でそうなるの?」
「僕は反対です!こんな遊びに来てるような奴とずっと一緒だなんて!」
「わ、私だって嫌よ!せっかく楽しみたいのに、こんな得体の知れないエルフと一緒だなんて!ミトもそう思うでしょ⁈ 」
「私は別に構わないわよ?私の固有能力があれば魔法を活かすには都合が良いし。ロアだって自分の意思じゃ魔法が使えないんだから、レオンハルトに代わりに使ってもらえば良いじゃない」
「だ、だったら、他にも魔法使いはいるし……!」
別にレオンハルトが嫌いだとかそういう訳じゃない。そもそも、私はミトと二人でのんびりと冒険者をやっていくつもりだったのだ。
その中で楽しい事を見つけられたら、それで満足だと思っている。なのにパーティーを固定されたら、私のスローライフ計画は台無しになってしまうではないか。
レイヴンは黙々と食べていた手を止めて、紙の束を差し出した。
何度も読み返されたのだろう。紙は少しよれて、沢山の付箋や赤い印がされていた。
「レイヴンさん、何ですかコレ?」
「調査報告書……?」
「そうだ。ここにはお前達三人の素性と能力が記されている」
「げっ……」
軽くめくって目を通しただけでも、私とミトが天界にいた頃から引き篭り生活をしていた頃までの経緯が詳細に書かれていた。
それはレオンハルトも同じだったようで、目を白黒させながら報告書を読んでいた。
「も、もしかして……」
「へえ、凄い。ロアの歩き方の癖まで書いてあるわよ」
「まさか、これを調べたのは……」
私達三人は恐る恐るレイヴンへと視線を向けると、無愛想な顔をしたレイヴンがゆっくりと頷いて肯定した。
「冒険者にはそういう仕事も回ってくるからな。魔物を相手にするだけが仕事じゃない。更に詳しい資料ならこっちに……」
私は、レイヴンが最初に出した数倍はあろうかという量の紙の束を取り出そうとしているのを見て、慌ててそれを止めた。
「うわーー!!!ちょ、ちょっと待った!ストップ!ストップ!そんなの人目のある場所で出さないでよ!恥ずかしいじゃん!」
「ん?……そうか。精度には自信があったんだが……」
「そういう問題じゃ無いから!」
「ふむ……」
少し残念そうな顔を見せたレイヴンは、資料を閉まってまた食事を再開した。
無愛想なだけだと思っていたら、意外とそういう顔もするんだと知れてちょっと面白い。
「あの、マクスヴェルト様。レイヴンはどうしてこんな資料を?」
「勿論、君達の教官をするからだよ?」
「いやいやいや!待って下さいよ!だって、僕達がレイヴンさんを指名したのはほんの数時間前ですよ⁈ なのに、これだけの資料を一体どうやって……」
私とミトの事なら少年かリアーナさんに聞けば大体分かる。だけど、レオンハルトについて調べる時間なんて無かったはずだ。
「お前達三人が俺の元へ来る事は、リヴェリアから事前に聞いて知っていた。レオンハルトの事を調べるのはなかなか難しかったが、ロアとミトに関しては普段から見ていたので問題無い」
「「知っていた???見ていた???」」
「俺もあの集落に住んでいるからな。当然だ」
そんなに美味しそうにミートボールを頬張りながら真面目な顔をされても困る。
竜王様は金色の目で未来を見通すとまで言われる人だ。実際に未来が見えている訳ではなくて……って!そんな事はどうだって良い。
レイヴンが私達と同じ集落で暮らしていた事の方がよっぽど大事件だ。
「う、嘘……よね?大体、いくら家族だからって、最強の冒険者があんな何も無い場所で一体何を?」
「ん?最強は関係無い。因みに、リアーナの料理に使っている野菜を作っているのは俺だ。最近は鶏の飼育も始めたぞ。レオンハルトの故郷で貰ったんだ。……魔物を足止めする罠なら作り慣れているが、飼育小屋を作るのは大変だった」
「あの時は逃げた鶏を皆んなで追いかけてたよね」
「ああ。まさか、鶏があんなに高く飛べるとは予想外だった」
「ね〜」
(あはは……最強の冒険者が、魔人が……畑仕事に鶏の飼育?あははは……)
そう言えば、子供達と一緒に土を耕してる人がいたなぁと思い出したところで、私はそれ以上考えるのを止めた。
レイヴンの言葉を理解した私達が三人揃って間抜けな顔をしていたのは言うまでもないだろう。
……でも、あんなに怖かったレイヴンの意外な一面を知れた事は、私にとって大きな収穫だった。
次回投稿は6月9日を予定しています。




