20.地下に広がる世界①
世界がどういう物なのか。
それを自分の目で知る前に、少年マクスヴェルトから知識として脳裏に刻みこまれた。
だけど、こんな知識は無かった。
地上から魔物が消えた後も、ダンジョンの構造が複雑になった事と、強力な個体が増えた事以外には何も変わらない。
少し面倒になっただけ。
そんな風に認識していた。
「ここが……ダンジョンの中?」
「どうなってるの?太陽と月が同時に昇ってる……」
「気候も滅茶苦茶だ。向こうの山の一帯には雪が積もっているのに、そのすぐ隣の平地は砂漠だなんて……何なんだこれは。魔法じゃ無い、魔術でも無い。こんなの一体……」
ダンジョンの中とは思えない広大な景色。
地下の奥深くにこんな場所があっただなんて、私の常識は呆気なく崩れ去り、ミトとレオンハルトもしきりに周囲を見渡して感触を確かめていた。
すると、レイヴンがまた真剣な表情で説明を始めた。
「こうなった経緯は省くが、ダンジョン内部がこの様な構造になっている事は、まだ一般には周知されていない。無限に広がっている様に見えてきちんと壁もある。その証拠に……ミストルテイン」
ーーードクン!
いつの間にか抜いていたレイヴンの魔剣が鼓動すると赤い魔力を帯びた斬撃を遥か彼方へ向けて放った。
「「きゃああああっ!!!」」
「う、うわああああっ!!!」
強烈な閃光の後、恐る恐る目を開けてみると、山を三つ越えた先の空から土煙りが上がっているのが微かに見えた。
(うわあぁ……)
鳥の姿をした魔物達が遠くの空で慌てているのも見える。
「凄い!今のがレイヴンさんの必殺技なんですね!」
「必殺技?何だそれは。魔力を纏って斬っただけだ」
「え……」
「斬っただけってそんな!?」
「ロア、いちいち気にしてたらこっちの感覚がおかしくなるから」
レイヴンの言う通り、壁はあった。
青い空に噴き上げる土煙りが否応なしに此処が間違い無く地下なのだと教えてくれる。
あんなに遠くまで斬撃が届くなんて馬鹿げているとか、気軽にそんな異常な力を見せないで欲しいとか言いたい事は沢山あるけど、とにかく山三つ越えた先の空のある辺りまで広大な世界が広がっている事になるのは理解出来た。
経緯を省くという言葉も気になる。
こうなってしまった原因を公にしていない理由もだ。
「あーあ……派手にやっちゃって」
「問題無い。あの辺りにまで到達出来る冒険者ならどうという事は無い」
「そうだけどさ。三人共ついておいで。話をするにも先ずは腹ごしらえだ。宿屋で食事にしよう」
「「「はい?」」」
私の聞き間違いで無ければ、こんな場所に宿屋があると言ったように聞こえた。
曲がりなりにもダンジョンの中だ。こんな所で宿屋で食事だと言われてもピンと来ない。
少年の話では五階層毎に中継拠点を設けて冒険者がダンジョン内に留まれる環境を作っているそうだ。限られた範囲を結界で囲んで魔物が侵入出来ない領域を確保しているという事だけど、驚いた事にその結界には魔法使いや魔術師は必要無いらしい。なんでも周囲の瘴気を自動で取り込んで半永久的に結界を維持し続けられる仕組みを利用しているという話だ。
生意気そうな少年にしか見えないのに、流石は賢者。
早くもミトが結界の話に食い付いている。
道中はそこかしらから魔物が襲ってきた。
どれも私達には対処出来ない強力な魔物ばかりで、気配を探ろうにも近付いてきた魔物が視界に入った時には既にこちらに向かって突進して来ていたりして、とても反応し切れないのだ。
それをレイヴンはまるで慌てた様子も無く、淡々と切り伏せていった。
まるで魔物が何処からやって来るのか分かっているみたいだ。
「どうしてそんなに正確な位置が分かるの?魔物の気配で溢れてて全然分からないのに」
「はあ……。だから知識が必要なんだと言っただろう」
「今回の受験者の中でも君達三人は基礎的な戦闘能力は突出している。戦闘方法についても僕が把握している限り問題無いよ。だけど、それが問題なのさ」
「問題無いのに問題?」
少年は不敵な笑みを浮かべるばかりで、レイヴンへと視線を送った。
「半端に力のある者は周囲の気配を探る事に頼り過ぎる。視界が悪ければ有効な手段だが、現実に目で見えていると言う事は、それだけ入って来る情報量が多くなる。暗闇と同じ様に感覚に頼っているだけでは対処が追い付かないのは道理だ。その多過ぎる情報を経験だけで処理しようとするのは三流のやる事だ。だからこそ、知識が必要になる。予兆を掴む事、変化に敏感になる事。これは冒険者としてやって行くなら絶対に必要な事だ」
まだいくらも歩いていない状況で、レイヴンは私達三人の欠点を指摘し始めた。
先ず私。
周囲への警戒が無さ過ぎる。何気なく歩いていても、周囲の状況は刻々と変化している。その事をつぶさに感じ取れと言われた。私の持つ固有能力を過信するなとも。
次にミト。
魔法使い特有の高い感知能力を常時維持する訓練が全く足りていない。
魔物の気配を感じる前から周囲の気配を探知するくらいで無いと、全ての行動が後手に回ってしまう。反応が遅れればパーティー全員の生死を左右する。折角便利な固有能力を持っているのだから有効に使えと。
最後にレオンハルト。
エルフは精霊と妖精の良い所取りをした様な種族だ。ダンジョンの中とは言え、ここには地上と殆ど変わらず、周囲には森などの自然が溢れている。人間の目には見えない精霊や妖精の気配を敏感に感じ取る事が出来れば、ミトの様な魔法使いとの連携も格段に向上する。
近接と魔法のどちらもこなせるのだから、もっと柔軟に状況を把握しろと。
「レイヴンの言ってる事は何となく分かったけどさ。私の固有能力を当てにするなって言われても、その魔剣だって、使いこなしてみろ的な事言ってたじゃない」
「随分エルフに詳しい様ですけど、僕はあくまでもレイヴンさんの様な冒険者になりたいんですよ!魔物混じりのままなのも、それが理由です!」
「うーん、私は言われた通り試してみようと思うわ。魔力を自在に操る術を得るには、そう言う普段からの行動の中で鍛錬を積み重ねるしか無いものね」
レイヴンはそんな私達の反応を見て『もう良い』と一言だけ言ってまた歩き始めた。
次回投稿は6月6日を予定しています。




