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19.知識と我儘

 

 戦闘訓練なんて必要無い。


 無数の魔物が襲い来るダンジョンの中にあって、レイヴンの言い様はあまりにも場違いで……。


 私達はレイヴンが無造作に抜き放った魔剣が魔物を両断するその瞬間まで身動ぎ一つ出来ないでいた。


 グシャリと地面に横たわる魔物の死骸を前に、淡々と素材の剥ぎ方を説明するレイヴンはとても真剣で、魔物に襲われたという事実を完全に無視した態度。

 レイヴンが強いのは分かり切っているけれど、私達にはダンジョンでの戦い方を覚える訓練が必要だ。


 ある程度戦える。

 そんな程度での認識では通用しない世界だと、あの二人との戦いでも思い知らされた。

 ならば、最低限の戦い方くらい覚えておかないと楽しむ前に挫折してしまいそうだ。


「魔核が一番高い値が付くのは今も昔も変わらない。持ち帰る為には鮮度を保つ必要があるが、これはまあ無理に回収しなくても良い。以前と違ってダンジョンの奥まで潜っていたら街へ戻るまでに魔核が使い物にならなくなっているだろうからな。それからーーー」


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


「何だ?質問か?」


 レイヴンは魔物の素材が見え易い様に位置を変えた。


「いや、そうじゃなくて!戦い方は教えてくれないの⁈ 」


「冒険者ってそういう事じゃ無いの?」


「ふむ……。お前達の力なら三、四階層までの魔物に遅れを取る事は無いだろう。だからだ」


 私とミトの事を言っているのなら話は分かる。レイヴンが倒してみせた魔物くらいならギフトを使わなくても楽勝だ。

 竜人の高い身体能力があれば何も問題は無い。だけど、レオンハルトはそうはいかない。


 レオンハルトは自分の事を気にしている私達の視線に気付いて薄笑いを浮かべて立ち上がった。


「僕の事を言っているのなら、そんな心配は全く必要ない。レイヴンさんが魔物を倒すのは分かっていたからね」


「はあ?そんな訳無いでしょ?あんただって驚いた顔してたじゃん」


「失礼な竜人だな。僕が驚いていたのはレイヴンさんの剣捌きだ。君達は何も感じなかったのかい?あの振り返り様の一瞬で、重要な素材には一切傷を付けずに両断して見せたんだぞ?噂以上のとんでもない技術だ。まさか、君達には見えていなかったのかい?」


「「うっ……」」


 レオンハルトの言葉にぐうの音も出なかった。

 言われてみれば確かに魔物は素材を傷付けずに綺麗に両断されている。それがレオンハルトにはちゃんと分かっていたなんて、そっちの方が驚きだ。


「とんでもない技術?何の事だ?あれは偶々だ」


「「「・・・・・・・」」」


「何を惚けている?説明の続きをするぞ」


「いやいやいやいやいや!話が元に戻っちゃってるから!戦闘訓練はしなくても良いのかって話だから!」


「あ、あの!あれが偶々だって言うんですか!?こんなに綺麗に両断してるのに……」


 レイヴンは鬱陶しいそうな視線を向けて来た。

 だって仕方が無い。素材の採取も冒険者の大事な仕事だけど、もっと大事な事がある。それを教えてもらう方が良いに決まってる。


 レオンハルトの言う通り、あれが偶々なんてそんな筈がない。

 途方も無い経験の積み重ねが成せる技。頭で考えなくとも体が最適な動きを覚えているのだ。だが、レイヴンはそんな事はどうでも良いと言った態度で深い溜息を吐いた。


「はあ……。なら聞くが、お前達は何の為に戦闘技術を身に付けたいんだ?“楽しい” も“一族の再興” も知識を持って生き残らなければ何も意味が無いのではないか?」


「それって……」


「どうしてその事を……」


 私の事はともかく、レオンハルトの目的もレイヴンには筒抜けだった様だ。

 知識を持って生き残れと言ったレイヴンは、無愛想な表情ながらも本気でそう言っているのだと直ぐに分かった。

 目は口ほどに物を言うとはよく言ったものだ。

 私は、昔知り合った人の中にもレイヴンと似た様な人がいたの思い出していた。


「俺の生徒になったんだ。そのくらい調べてある。知識は大事だ。ただ漠然と歩いているだけでは見落としてしまう事も、知識があればそれをきっかけに生き残れる事もある。戦う事も、当たり前の日常を過ごす事も出来る。何をするにも何を目指すにも、生きてこそだ。そういう選択肢を、進むべき道を見出す為にも知識は必要だ。今は我慢しろ。我儘でいたいのなら尚の事だ」


(わがまま?)


 名実共に最強の存在が戦闘よりも知識を優先しろと言う。

 言っている事は正しいと思うし、レイヴンの言葉には言い表せない不思議な説得力がある。隣で驚いた顔をしているミトも納得している様子だ。


「で、でも、魔物にやられちゃったら知識があったってどうしようも……」


「そうでもない。ただ……何と言えば良いのか……。自分が持っている力について正しく知る事も知識だ。まあ、そうだな……試しに二十階層くらいまで潜ってみるか」


「はいいい?」


 今の話の流れで何がどうしてそんな事になるのかさっぱり分からない!

 突然二十階層に行こうだなんて、どういう思考回路をしているんだろう……。


 さっきまで澄ました顔をしていたレオンハルトもすっかり慌てている。


「に、二十階層?!レイヴンさん、それは流石に無茶です!俺……じゃなくて、僕達はまだ碌な装備も無いんですよ?」


「そうよ!教官がいるからってそんな事急に言われても……」


「問題無い。どうせ五階層から先はSランク以上でないと、足を踏み入れた途端に魔物に瞬殺されて終わりだ。装備が良かろうが同じ事だ」


「だーかーらー!」


 ーーーやれやれ。やっぱりこうなってたか。


 私達とレイヴンの間の空間が揺らぐとマクスヴェルトが姿を現した。


「何をしに来た?仕事中だ」


「仕事って、そりゃまあそうなんだけど。僕も一つレイヴンに手を貸そうと思ってね」


「け、賢者マクスヴェルト様!?は、はははは!初めまして!僕はエルフ族のーーー」


「ああ、知ってるよ。じゃあ、行こうか」



 少年が指を鳴らした直後に私達の目に飛び込んで来たのは、これまで生きて来たどんな知識を総動員しても理解不能な光景だった。


 現在のダンジョンは常に内部構造を変化させている。

 生きるているという表現が正しいのかは不明だが、瘴気を喰らい続けた水晶の活動が活発になっているらしいのが原因だそうだ。

 地下に向かってより深くなるダンジョン。けれど、その姿は以前までの常識が全く通用しない異常な空間を創りあげていた。


「嘘でしょ……ここってダンジョンの中なのよね?」


「こ、こんな不条理な現象……」


 狭くてじめじめして暗い。それがダンジョンだ。

 現にさっきまでいた場所もそういうありふれたダンジョンだった。


 なのにーーー


「今日も空が綺麗だねー。空気も美味しいし。三人共、突っ立っていないで早く来なよ。そのまま立ってると魔物に襲われちゃうよ?」



 私達の前には『世界』が広がっていた。


次回投稿は6月3日を予定しています。

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