18.教官
ミトが言っているのは、冒険者という言葉通りの役割を果たしていると言えないのではないかという意味だ。
ダンジョン内の魔物が強力になっているのだから、冒険者の命を守る為に知識や事前の訓練が必要になるのは当たり前だし、魔物を退けて、まだ誰も見た事の無い景色を発見したりするのが冒険者の筈だ。
仲間達と共に困難を乗り越えて行く為の準備。
そう言ってくれたら納得出来るのに、女性教師の言いようは事務的で、なんというか夢が無い。
「ミトさん、でしたね。貴女の、いえ……皆さんの言いたい事は、私も冒険者の端くれですからよく分かっているつもりです。ですが、身も蓋も無い回答で申し訳ありませんが、『生き残ってこそ』なのです」
「……そうだけど」
それを言ってしまったら本当に元も子もない。
命の危険があるのだ。それを当たり前じゃないかと一蹴するのは簡単だ。だけど、こんな分かり切った事をわざわざ言いうからにからには何か理由があると思いたい。
そんな私の心の内を察したのか、女性教師は続けてこう言った。
「こうして退屈な講義を聞かせているのも、冒険者制度を面倒な仕組みにしているのも、組合側があなた方を死にに行かせない為にいろいろと工夫しているからです。冒険者の本分が冒険である事は百も承知しています。しかし、地上に魔物が跋扈していた時代が終わり、日常生活と戦闘行為は明確に切り離されました。現に、この中にはまだ実戦経験をした事が無い方もいます。だからこそ卵。まだあなた方は冒険を始めて良い段階にいないのですよ」
「あ、そうか……私達は長く生きてる分、魔物がいなくなる前の世界を知っているから」
「そういう事です」
長く引き篭もっていたせいで感覚が狂ってしまっている。いや、ズレていると言うべきか。
その後の講義は、私もミトも真剣に受けた。
実戦経験が乏しいからこその知識。
本能や直感が鈍っているのなら訓練を積め。
冒険したいなら生き残る力をつけろ。
それが竜王様の出した結論らしい。
無茶をして早死にしてしまう冒険者を一人でも減らす。
そういう意図があるのなら悪い気はしない。
「では、これにて冒険者登録試験は終了となります。明日からは実際にダンジョンへ行って実戦形式の訓練になりますので、そのつもりで」
「あ、明日からですか?でも、パーティーとかそういうのは?まだ何も決まっていませんが……」
レオンハルトが疑問を口にすると、女性教師は用意していた紙を全員に配った。
「今日この場にいるメンバー……でも良いのですが、希望があればメンバーを交代出来ますよ?ただ、それはあまりお勧め出来ませんね」
「……?」
渡された紙には指名可能な教官の名前とランクが書かれていた。
自分の扱う武器や魔法に合わせて選ぶ事も出来る。
不測の事態が起きた際には、教官が全員の命を守る必要がある為にこのような措置になったそうだ。
「ミ、ミト!こ、これ!この名前!」
「……嘘でしょ?同姓同名とか?」
一番上に書かれていたのはレイヴンとあの二人の美少女クレアとルナの名前だ。
「ああ、リストには最高位冒険者の名前もありますからね。今回は試験的な意味合いがあるそうなので誰を指名しても大丈夫ですけど、よく考えて選んで下さい。あなた方にその覚悟があれば、ですけど」
最高位冒険者の指導が受けられるのはこの上無い贅沢な事だと女性教師は付け加えた。
だけど本当にそうだろうか。
私に言わせれば、あの三人の出鱈目な強さは寧ろ逆効果だと思う。
教官をやるくらいだから無茶な事はしないだろうだなんてとても思えないのだ。
「あ、あの!是非、レイヴンさんを指名させて下さい!お願いします!」
レオンハルトは興奮した様子で女性教師に詰め寄った。
(げっ……)
気持ちは分かるけど、よりにもよってレイヴンを指名するとは……。
その様子を見た私もミトも、慌てて止めに入った。
「止めといた方が良いよ。あの人は確かに強いけど、もっと基礎から勉強出来そうな人を選んだ方が良いって」
「確かエルフは魔法を主体にしてるでしょう?それなら他の教官の方が良いと思うわ」
だけどレオンハルトは、私達の言葉を聞き入れるつもりは無いらしく、頑なにレイヴンを指名した。
ーーーという訳で。
私達は頑固なレオンハルトを放っておく訳にも行かず、同じパーティーで最高位冒険者レイヴンを教官に迎える事になった。
初心者の今しかこんな機会は無いというレオンハルトの一言が決定打だったのは間違い無いけれども、正直言って不安だ。
ちなみに他の人達は全員、女性教師をリーダーとした班に組み込まれて、私達とは別のダンジョンへ行く事になった。
これが終われば最低ランクの冒険者として正式に登録されるそうだ。
「レオンハルト、ロア、ミト。この三名で間違い無いか?」
「はい!宜しくお願いします!」
「「……」」
レオンハルトは大いに目を輝かせていた。
手に持った奇妙な武器は魔法を操る為の杖と棍棒の役割があるそうで、何でもエルフの民が持つ由緒正しい武器らしい。
張り切るのは勝手だが、それはレイヴンが戦う姿を見ていないからだ。
あんな出鱈目な力を見てしまっては、多少才能があったところでどうにもならない領域に足が竦んでしまう。下手をすれば自信を喪失してしまい兼ねない。
ところが、レイオンハルトはそんな事は先刻承知といった風で、レイヴンを前にしても緊張した様子は無かった。
「ふむ……魔法を主体とした戦闘か」
「はい、俺……いや、僕は基本的には魔法が主な攻撃手段になります。一応直接戦闘も出来ますが、あまり得意ではなくて……」
「まあ良いだろう。俺が三人に教えるのはあくまでも基礎的な事だ。ダンジョンもかなり構造が複雑になっているからな。先ずは最低限必要な事を教える。そっちの二人もそれで良いな?」
「え、あ、はい。それで良いです……」
「宜しくお願いします」
レイヴンはまるで私とミトと始めて会った様に自然な感じで説明を始めた。
ダンジョンは初心者でも大丈夫な低ランクの魔物しか棲息していない場所を選び、教える内容も鉱石や薬草の採取の仕方、魔物が潜んでいる場所、罠の設置方法など本当に基本的な事ばかりだった。
しかも、顔は無愛想なままなのに、教える姿はとても真剣で、一つ一つ丁寧に分かり易く実演を交えながら行っていた。
あの黒い鎧を纏っていた時とは別人の様だ。
「あの、戦闘とかそういうのは教えてもらえないんですか?」
別にレイヴンの教え方に不満がある訳じゃ無い。寧ろその逆。
私もミトもレイヴンの真剣な様子を見てすっかり教官として認めていた。
あれだけの戦闘力を持った冒険者のやる事なのかと、そういう思いがあった。
せっかくの機会なのだから戦い方の一つでも教えてくれた方が役に立つ。
「戦闘?そんな物を覚えてどうする?」
「へ?」
私達三人は酷く間抜けな顔をしていたに違いない。
レイヴンは何を馬鹿な事を言っているんだといった態度のまま眉間にシワを寄せていたのだから。
次回投稿は5月31日を予定しています。




