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17.冒険者の卵

 

 あれよあれよと別室に放り込まれた私とミトは、既に半日も講義を受けていた。

 私達以外にも講義を受けている人も何人かいたけど、年齢、種族、性別もバラバラ。既に冒険者っぽい雰囲気の人から、仕事を間違えたとしか思えない人まで様々だ。

 私だって人の事を言える見た目で無い事くらい自覚している。


 ダンジョン探索の心得から始まった講義は、ようやくダンジョン内で得た魔物の素材や鉱物を換金する為の手順へと差しかかったところだ。

 適度に休憩を挟んでくれるのは良いのだけれど、私は既に飽きていた。

 ミトは渡された分厚い本をひたすら読んでるし、途中でちょっかいを出しても私の方を見向きもしない。


 こんな調子で本当に大丈夫なんだろうか。



「では、ここまでの説明で何か質問はありますか?」


「はい!はいはいはいはいはい!!!あります!質問ありまーーーす!」


 私は襲い来る睡魔を跳ね除けて勢いよく手を上げた。

 周りの人達が迷惑そうな顔をしてこちらを見ているが、そんな事はお構い無しだ。


「えっと、ではロアさんどうぞ」


「はーい!」


 聞きたいのは講義の事じゃない。

 もっと根本的な事だ。


「実技試験は何の為にあったんですか?ていうか、私とミトは合格したんですか?」


「ロアさんとミトさんは……」


 教師役の職員は手元の資料に視線を落として何やら確認した後、『ああ』と一言だけ呟いて、私に視線を戻した。


「一応合格の扱いにはなっていますよ。お嬢……じゃなかった。竜王陛下から再試験の要望が出ていますが、最高位冒険者筆頭レイヴンからの推薦がありますので、おそらく正式に合格という扱いになるでしょう」


 女性教師から告げられたレイヴンの名に部屋の中が急にざわつき出した。


 レイヴンからの推薦がそんなに凄い事なんだろうか?最高位冒険者筆頭で化け物みたいに強いのは分かる。かなり特殊な立ち位置だという事もだ。だからと言って、私は私が特別だなんてこれっぽっちも思っていない。


(大体、あの時は本当にもう死ぬかと思ったし)


 私から次に出た言葉は周囲の期待とか予想だとかを全く考慮しない物だった。


「え、じゃあ、講義も合格って事で良いですか?」


 念の為に言っておくけど、私は空気を読めなかった訳じゃ無い。

 あくまでも読まなかったのだと言っておく。


 何やら私達の知らない思惑があるのはもう分かっている。

 だったら遠慮なんかする事は無い。

 状況に流されるついでに、しっかり利用してやろうという算段だ。


 しかしーーー


「ふざけんな!レイヴンさんの推薦があるからって、いい気になるなよ竜人!」


 声を荒げて立ち上がったのは、一番前の席で熱心に講義を受けていたエルフの少年だった。

 しかし、エルフ特有の長い耳以外には赤い目をした魔物混じりだった。


(誰?)


 ただでさえ珍しいエルフの、それも魔物混じり。どうしてこんな街中にいるのか不思議だけど、きっと何か理由があるのだろう。

 今はそんな事よりも、早く退屈な講義を終わらせてしまいたい。


「俺の名前はレオンハルト!いいか!新しい冒険者制度は、試験を誰でも受けられるけど、誰でも合格出来る訳じゃないんだ!どういうコネを使ったのか知らないが!お前等みたいなふざけた奴が冒険者になるなんて俺は絶対に認めないからな!皆んな真剣にやってるんだ!それを……!」


「そこまでです。レオンハルト、席に座りなさい」


「ですが……!」


「同じ事を二度言わせるな」


「うっ……」


 それまでずっと物腰の柔らかかった雰囲気は何処へやら。

 女性教師の鋭い視線に込められた威圧は、教室内の空気を一変させた。


(こわぁ……全然別人だよ……)


 事前に講義を担当するのは現役の冒険者だという説明はあったにせよ、まだ実戦を積んでいない生徒達には馴染みの無い威圧感だ。

 顔を青くする者や、小さくなって肩を震わせる者も少なくない。


 女性教師は開いていた教科書を閉じて深い溜め息を吐いた。


「レオンハルトさんの言った事は概ね正しい。間違えているのは、新しくなった冒険者制度には推薦枠もあるという事です。先程、コネという話が出ましたが、そんな物は絶対にあり得ません」


「そんなのおかしいじゃないか……。あんないい加減な態度で講義を聞いていた奴なんかに……」


 レオンハルトは女性教師の言葉が納得出来ないのか、机の上の手は強く握りしめられていた。


「……いい機会です。少しだけ冒険者の素養について話をするとしましょう」


 冒険者に必要なのは一に知識。二に知識。三に知識。

 突出した戦闘力を持っている者ならばともかく、知識の無い者が生き残れるほど冒険者は甘くは無い。

 知っている事が一つでも多ければ多い程、生存確率が上がる。


 無論、最低限の戦闘技術は必要不可欠だ。

 パーティーを組む事が大前提となった今、突出した個の力よりも、豊富な知識と知恵でもって困難な状況を打破する機転が重要視される様になった意味は大きく、全てに対応出来る個人より、皆で生き残れる集団が重宝される傾向が強い。


 というのが今の冒険者稼業を取り巻く現状であり、強い魔物を打倒し、難しい依頼をこなすだけが冒険者の価値では無いという風潮になっている。


 自分だけでなく、仲間の事、パーティー全体の事を考え、最善の方法を導き出す者が冒険者という仕事を続けていく。

 それが今の冒険者に求められている事なのだそうだ。


(何だかなあ……)


 女性教師は、誤解がある様なので言っておきますがと付け加えて更に言った。


「冒険者になる為の試験は誰でも受けられる代わりに、誰でもなれる訳では無い。という言葉がありました。先程言ったように意味合いとしては間違ってはいないのですが……正しくは、“冒険者になる為の資格を誰でも得る事が出来る代わりに、誰もが依頼を受けられる訳では無い” という意味です。それを忘れないで下さい」


「じゃあ、私達は今現在冒険者の資格を持っているという事?」


「冒険者になり得る資格を持っているだけです。冒険者としては駆け出しも駆け出し。ランクの割り当てもありません。実地訓練を経て、正式な冒険者になる為の資格を得る準備段階。この場にいる皆さんは冒険者の卵だという事です」


「卵……」


 静まり返った部屋にはミトが本をめくる音だけが聞こえていた。


 冒険者に知識が必要な事も、仲間を大切にするのも理解しているつもりだ。

 レオンハルトが声を荒げたのだって、それだけ真剣に取り組んでいるからだと思うし、あの言い方はもう少し考えるべきだったと思っている。


 私だって昔はそういう風に冒険者の真似事や手伝いをしていた。


(でもなぁ……)


 言われている事は全部正しいと思えるのに、私の心はさっきからずっとモヤモヤしている。


 ーーーパタン。


 本を閉じたミトが女性教師に疑問を投げかけた。


「……それって、冒険してるって言えるんですか?」


次回投稿は5月28日を予定しています。

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